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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

「残業100時間」に関して思うこと

過労に関わる大きな出来事があると、「残業100時間」という言葉が注目されます。最近の件のみならず、前々からよく見かけるという印象です。例えばグーグルの検索画面で「残業」と入力すると、サジェスト機能で「残業 100時間」と現れますし、それを検索すると古い記事も色々と出てきます。

そして、それが話題になった際には、必ず「残業を100時間もするなんて有り得ない」という意見と、「残業100時間って普通に有り得るだろ」という意見が出ます。私の勝手な個人的印象で言うと、インターネット上では前者が多いという印象で、実生活では後者が多いという印象です(繰り返しますが私の勝手な印象です)。

私自身はサラリーマンの時に、普通に「残業100時間」はやってましたが、同様に経験がおありの方は普通にイメージ出来ると思われますが、どんな働き方の感じかと言えば、以下のような感じです。

残業100時間(一ヶ月間)の大体のイメージ(土日祝が休みの会社の場合)

・平日残業:夕方6時~9時まで3時間残業×22日=66時間
・休日出勤:朝9時~夜9時まで休憩抜いて約10時間×4日=40時間
・仕事を休める日は残りの4日間
・以上で計30日間(一ヶ月)

以上で残業(時間外労働)時間は約100時間となります。

本当に残業100時間なのか?

不幸な結末に至ってしまったニュース記事などで「月の残業時間は100時間だった」とか、場合によってはもっと少ないケースもありますが、本当にそれだけだったのか?と疑問に思うケースがあります。

ニュース記事などでは帰りは毎日明け方になっていたとか、ずっと休みが無かったとか、そのような描写も記されていることがありますが、残業100時間ではそういう風には成り得ないようにも思うのです。

すなわち、そういうケースでは、タイムカード(=記録)には残らない形で会社(仕事)に拘束されているとか、飲み会など「仕事では無いけど会社の強制参加の用事」的なもので長時間拘束されているとか、「実質的」な残業(労働)時間はもっと多いのでは?と率直に思います。

本当に労働時間だけの話なのか

よく言われることですが、同じ労働時間であっても好んで自主的にやっているのか、誰かに言われて嫌々やっているのかでは、同じような作業内容でも心の負荷は全く異なると思います。

それこそ、労働者の権利として時間外に関する決まりがあり、本人も体力や価値観その他の理由でそれに従いたいのに、上司などが脅しや威圧的な言葉で長時間働かせているというケースがあるのであれば、それは「長時間労働」の問題というよりかは「パワハラ」の問題であるように思います。

また、それほど好んでやっている訳ではなくても、上司や周囲から「助かった」など労いの言葉があるのと、「そんな仕事では何時間働いても全く役に立ってない」的なことを言われ続けているのとでは、心の負荷は全く異なると思いますし、それもやっぱり「残業時間以外」の問題であるように思います。

本当の問題を見誤ると何の解決にもならない

私自身はサラリーマン時代もどちらかと言えば長労働時間をこなしてきましたし(当時は残業代は30時間分のみで残りはサービス残業)、現在は自営ですが総労働時間は当時からあまり減って(減らして)いません。

ですが私自身は基本的に自ら好んでやっているだけなので、基本的に他人に長時間労働を勧める気は全くありませんし、それを辛いと感じる人が「弱い人」だとも思いません。何に辛さを感じるかは人それぞれだと思います。

今回、何が言いたかったのかと言えば、労働時間「以外」に主たる問題があるケースであるにも関わらず、何でも杓子定規に「労働時間が○○時間だったから」というような判断を下していたら、何の問題の解決にもならないケースもあるのではないか?ということです。

その問題を見誤ると、例えば残業時間は50時間で他の問題が主因で心身に不調をきたしてしまったにも関わらず、「さすがに残業50時間でそれは弱すぎるだろう」みたいな評価になってしまうのは、それは決定的に間違っていると思うのです。

※ ※ ※ ※ ※

「残業100時間」という言葉を見ると、いつもそのようなことを思います。