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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

「若者の貧困」の記事を読んで思ったこと

以下の記事を読みました。

zasshi.news.yahoo.co.jp

感想を記すと、「若者」の定義が何歳から何歳までを指しているのか分からず、従って「大人」もどの年齢層を指しているのか分からないし、更にはこの記事で取り上げられているような「貧困」に陥る人が全体の何パーセントなのかも分からないので、何とも言えないし何も判断出来ないな、と思いました。

特に「貧困」に陥る人が全体の何パーセントなのかは非常に重要だと思いまして、数パーセント程度の話なら、経済全体に与える影響は微々たるものでしょうから、目標はとりあえず公金を投入してセーフティネットは早めに充実させて、更なる目標として「再出発(再就職など)」の支援を官民あげて充実させていきましょう、みたいな話になるのかな、と思います。

逆に、(対象年齢は不明ながら)若者の半数以上が「貧困」なんだという話だったら、それこそ社会として既に成り立っていない訳ですから、何か「大改革」でも起きない限り、どうしようもないという話のようにも思います。

私に見える範囲の狭い世間ですけど現実社会を見ている限りでは、この記事で記されているような「貧困」は全体の数パーセントなのかな、とは思うのですが、記事の冒頭では『「若者なんだから、努力すれば報われる」という主張など、ナンセンスであることを明らかにしていきたい』とまで記されていますので、言い換えれば「今の若者は、努力などしても、もう何も報われない」ということでしょうから、これが運悪く「貧困」に陥ってしまった「ごく一部の若者」という意味ではなく「若者全般」という意味であれば、そんな社会は「絶望的」である訳でして、この部分が自分の実感とは合わない部分となります(私の肌感覚がおかしいのかも知れませんが)。

※ ※ ※ ※ ※

と言う訳で、以降は記事のような貧困に陥ってしまう若者の比率は数パーセントだと仮定して記しますが、独身時代の自分だったら「本人の努力が足りないだけだろ!」なんて思っていたと思うのですが、今は子供が居ますので、子供が「若者」になった時のことを考えると、そのように単純に割り切って考えることは出来ないでいます。

と言っても、「辛い、苦しい」と自己申告すれば誰でも生活保護を受けられる(=働かない)ような社会だとお金の問題と言うよりも「生産性」の部分で社会は成り立たないと思いますし、またそのような社会ほど本当に苦しい人たちにお金が十分に回らなくなるとも思いますので、そのような社会と、「完全な自己責任の世界」の中間のどこかに最適解があるのだと思います。

同様に、子供に努力を教えるのも「辛くて苦しかったら何からでも逃げてよい」という極論と、「いかなる場合でも最後まで絶対に頑張らなければならない」という極論のどこか中間に最適解があるハズですが、それは個々人の性格や体力その他で変わってくるハズなので、そのあたりを注意深く見ながら子育てを続けていかなければならないのだろうと改めて思いました。