kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「高度成長期」や「バブル経験者」の頃の若者は現在の若者よりも恵まれている、と聞いて思ったこと

前回と前々回の記事で「残業100時間」や「若者の貧困」のことを記している最中に、改めて思ったことを記します。

「昔は良かった」は本当か?

ブラック企業や残業時間の話題が出てくると「昭和(高度成長期)の時代と今は違う」とか「バブル経験者は云々」とか、いかにも「昔は良かったが今は違う」というような論調をよく目にするのですが、それが本当かどうかは私には分からないのですが(統計資料が無い為)、そういう話を聞いた際に思い出すことを以下に記します。

私は子供の頃から父親に仕事(小さな会社の観光バスの運転手)の話を聞くのが好きだったのですが、今の時代からしたら本当に「長時間労働」の典型のような労働時間だったように思いますし(仕事柄、盆も正月も必ず仕事で家には居ませんでした)、その上に給料も決して良くは無く(なんせずっと公営住宅の所得制限以下の収入だった訳ですから)、今の時代だったら労働時間と給与の面だけで言えば普通に「ブラック企業」であるようにも思います。

誇りを持って働いていた父親

鹿児島の山村で生まれ中卒(と言うか中学も最後まで行ってないそうです)で炭鉱などで働き始めた父親は転々としながら大阪までたどり着き、二十歳の頃に仕事の重機に足を挟まれ指を二本切断し(親指では無かったので歩くのには支障なし)、労災でもらったお金を親に渡そうとしたところ「それは自分の将来の為に使いなさい」と諭され、そのお金で運転免許を取得し運転手人生が始まります。

給与面で言えば良かった仕事もあったそうですが、色んな運転手の仕事を転々としながら最終的には「制服を着て運転する姿がカッコ良く見えた」という観光バスの運転手の仕事に行き着いた訳です。

その仕事が天職であったようで、小さな会社なので給料は安いままでしたが、会社内での評価が高かったり、顧客の評判が良く「指名」も付くようになったりして(バスガイドの指名はあっても運転手は珍しいねんで、と誇らしげに話していました)、仕事に生きがいを感じていると常々話していましたし、また運転のみならずその他のサービス全般についても誰よりも努力していると自負していました。

結局、60歳で定年を迎えましたが「もう少し残ってくれ」と会社から言われてそれを年々更新し、体調を大きく崩しハンドルが握れなくなった67歳で引退しました。その後、体調が回復してまた復活しようとしていたので(会社とも話が付きそうなところまで行っていた)、それは私が強く説得してやめてもらいました。

そのような価値観を受け継いだ私

そんな話を子供の頃から聞いて育っているからだと思いますが、私も早く働きたいと思っていましたし、大学には行かずに働き始めました(と言っても専門学校のようなところに行ってしかも訳あって留年もしてますので「早く働いた」という訳ではありませんが)。

私が社会人になったのはバブル崩壊の後ですし、大学も出ておらず就職したのも大きな会社ではありませんので(全国展開していたが全て足して200人も居なかった)、よく聞く「タクシー代は全て出る」とか「残業代が青天井」とか、そんなものは一度も経験したことはありませんし、普通にサービス残業をしながら終電(終バス)を逃せば自腹でタクシーで帰ってましたし、それが毎日のようになりアホらしくなってからは会社の近くに月極駐車場を借りてクルマ通勤に切り替えました。

ただ、私自身は自ら積極的に働いていたので(設計の仕事)、いわゆる苦しさなどは感じておらず、ただただ「早く技術を身に付けたい」とか「少しでも良い仕事をしたい」とか、(もちろん仕事を多く抱えれば抱えるほど「納期に追われる」といったものも必ずありますが)基本的には自発的な動機で働いていました。

結局、30歳の頃に「パニック障害」という病気になり(過労が原因と思われる)、サラリーマンは辞めてしまいましたが、その時に身に付けた技術力のお陰で、その後にも食うに困ったことはないどころか、現在(独立して自営)の収入はかなりの高収入である訳ですが、それは20代の時の頑張りが強く影響していると思われる訳で、では何故20代の時にそこまで頑張れたのかと言えば、それはやっぱり父親の価値観を強く引き継いでいたからなのだろうと思っています。

そのような意味で、父親に(母親も)対しては感謝の気持ちしか無い訳でして、幸いにしてウチの息子が生まれた際に両親を近所に呼び寄せることも出来ましたので、現在は孫と関わりながらゆっくりと老後を過ごしてもらっています。

人に強く勧める気はないが…

ただ、45歳の今になって、自分の若い頃を振り返ると、労働時間の他にも、例えば仕事以外の行事(特に体育会系のノリの行事)が嫌いだからってそのような先輩に堂々と楯突いたりとか、それで周囲を見返すために猛烈に仕事が出来るようになって会社内や顧客からの仕事の評価を上げて上記先輩のような立場の人に一目置かれるようになったりとか、そんな感じの「努力と根性」で自分の人生を乗り切ってきたと思いますし、私に限って言えばそれで上手く行ったとは思っていますが、そんな生き方を他人にも勧める気は全くありませんし、他人どころか自分の息子であってもその平和な感じの性格を見ていると、同じ道を歩んで欲しいとは全く思いません。

ただ、社会と言うのは「皆が平等」は絶対に有り得ませんし、それこそどこの家に生まれるかで「スタート時点」から格差がありますし、また途中でも避けようの無い「不運」で立ち位置が下がったりすることも往々にしてあると思います。

日本社会が基本的に「自由な競争を是とする」社会である以上、状況によっては、それが理不尽であっても、「人より余分に頑張らないと人並みにもなれない」ということは、普通に有り得ることなのだろうと、それは今でも思っています。