読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

自分の「話」が子供に影響する話 (仕事の生き方の話)

この記事は2016/01/28にココログで記したものの再掲となります。なお、文中に(息子は)「小学二年生」とありますが当時のものであり、現在は小学三年生です。

※ ※ ※ ※ ※

少し前に、学校で書いてきた息子(小学二年生)の作文を読んで少し驚きました。

詳らかには書きませんが、「将来の夢」の部分に、「自営業になって家で働いて、家族とずっと一緒に居る」みたいなことが書いてありました。

いや、これはいつも私が息子に話している内容そのままなのです。

息子から私の仕事形態の自営業(フリーランス)に関して聞かれた際の話の一環で、私自身は良かったと強く思っている点の一つに、家族と共に出来る時間が長い点をいつも話しているのです。この話に限らず、夕食の際は毎日、息子はほとんど私とずっと喋っています。

その作文を読み、基本的には嬉しかったのですが、自分の「話」に対する責任も痛感した次第です。

と言うのも私自身、今までの私の生き方に後悔は全く無いのですが、では息子にも同じような道を歩んで欲しいかと言えば、それは微妙というか、息子がそうすると言うのなら止めはしませんが、強くも勧めない、という感じで思っています。

何故かと言えば、自分自身には合っている「生き方」が、世間一般から見れば好ましからざるものであるというのは普通に有り得ると今では思っていて、それは息子に対しても例外では無いのだろうと思っている為です。

※ ※ ※ ※ ※

仕事に限って書くと、例えばホリエモンさん(堀江貴文氏)が、給料が安い残業が多いと不満を言うぐらいなら会社なんて辞めて起業すれば良いとか、そういう不満を主張することに時間を費やすくらいなら専門スキルを身に付ける為に時間を費やすべき、というようなことを言われます(ここに記した言葉は直接の引用ではなく私の記憶、解釈で記しています)。

こういう言葉に、私は(恐らく100%と言ってしまって良いくらい)強く同意しますし、私自身もそのような考えで生きてきました。

と言っても私は「凡人」なので、九年間とは言え普通にサラリーマンもしましたし、不平不満も言ってましたが、例えば組合などの活動で「給料を上げろ(下げるな)」と会社に主張するような取り組みに関しては、極めて消極的でした。

本当に嫌なら辞めれば良いだけの話だし、そして独立でも転職でも自分で自由に選択していく為には、それに必要な「スキル」を身に付けるのが最も手っ取り早い訳で、それに最も時間を費やすのは当然のことと思っていたので、そういう意味で自分に課されているノルマ以上の仕事を自らすすんでやってましたし、そういう部分の仕事がサービス残業等で給料に反映されなくても、それは「将来に対する勉強だから」と納得してやっていました。

働き出して四~五年経った頃には独立でも転職でもある程度は自由に選べるだけの技術が身に付いたと確信した訳ですが、それですぐに辞めたら「技術の貰い逃げ」のような気もしましたし、また会社にも一定の愛着がありましたので、他にも色々あって九年間は働いたのでした。

それ以降、同じ業界で小さな事務所に勤務し(ほとんど自営に近い)、その後に独立して現在に至りますが、「仕事が無くて困る」「収入が安すぎて不満」と言った経験はありません。

※ ※ ※ ※ ※

ですが、そのような生き方は、周囲の人々は確実に「味方より敵が多くなる」と感じました(特に同世代の人たち)。

私自身は数少ない「味方」の人は心の底から味方してくれると感じていたし、また多くとつるむような行動も好きではありませんでしたので、それをネガティブには捉えませんでしたが、今から思えばその捉え方が「世間一般」であるとは思えない、と率直に思います。

また、日本人の全てがそのような人々になってしまったら、「和を尊ぶ」と言うような意味での「日本の良さ」が失われてしまうかも知れない、と歳を取った今になっては思ったりもします。

そんな思いから、息子に対しては私のような生き方を強く勧める気にはなれないのだと思っています。

そんなことを改めて思いました。