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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

夜道を一人で歩いていた女性が襲われたら、その女性も悪いのか?について考えてみた

夜道を一人で歩いていた女性が襲われたら、もちろん襲った犯人が悪いに決まっているけど、「そんなところを無防備で歩いている女性も悪い」というような意見が出て、議論になっているという光景をしばしば見かけます。

もちろん「夜道」に限らず、色んなケース(女性にとって危険なケース)があるように思います。

女性に「責任」なんてある訳がない

起こった事件に対する「責任」が、女性の側にある訳がないと個人的には思います。比率としては、犯人100%、女性0%だと思います。

しかし「悪人」が居るという前提で「気を付ける」ことには意味がある

「そんなところを無防備で歩いている女性も悪い」というような意見が出るのは、たぶん「世の中の悪人がゼロになることは有り得ないのだから自己防衛も必要だ」というような意味なのだと思います。

そのような意見の「言い方」に配慮が必要であるケースは多いと思いますが、根本的には、そのような姿勢(悪人が居るという前提で気を付ける)は十分に意義があると個人的には思っています。

「完璧」には出来なくても、出来る範囲で「気を付ける」ことにも意味はある

「夜道を歩くなと言われても、そんなことでは生活出来ない」というような事情は必ずあると思うのですが、完璧には無理でも「出来る範囲で気を付ける」ことは出来る余地があるのかも知れません。

「どうせ完璧には出来ないから、何も気を付けない」よりも、「完璧には出来なくても、せめて出来ることは気を付ける」ほうが良いに決まっていると、個人的にはそのように思っています。

「女性が襲われる」に限らない話

例えば横断歩道を渡る際に、ほとんどの人は左右確認をすると思うのですが、もしクルマがノーブレーキなら危ないが普通に考えたらクルマのほうが十分に停止(もしくは減速)出来るタイミングであれば、歩行者は渡って構いません。何故なら「歩行者優先」と法律で決まっている為です。

しかしこのタイミングでは、渡らない人も多いと思います。何故なら「もし、クルマのドライバーが前を見てなかったら」危険だからです。

どれだけ啓発記事などが出ても、スマホで遊びながら運転するドライバーは世の中からゼロにはならないでしょうし、スマホ登場以前にも、マンガ本を読みながらとか、化粧をしながらとか、ボケーッとしながらとか、そんなドライバーは世の中には山ほど居る訳でして、そして今後も絶対にゼロにならないのだろうと思っています。

従って私は、クルマのほうが止まってくれた場合か、クルマが遠方の場合はそのままノーブレーキで走ってきても十分に渡りきれるタイミングでしか渡りませんし、そのようにしている人も多いのだろうと思っています。

すなわち、万が一事故が起これば恐らく相手の責任が100%だが、それで自分が死んだり大けがで障害を負ったりすれば取り返しが付かないので、責任の有無に関わらず「自己防衛」で自分の身を守っている、という構図となります。

自らの行動を「制約」される度合いと、万が一被害に遭った場合のダメージとのバランスの問題と思う

上記のような感じで横断歩道で待っていると、なかなか渡れないこともありますし、それで確実に「所要時間」は増えます。

法律の責任論で言えば、そもそも「クルマ側が止まる必要がある」にも関わらず、それ以前に「ドライバーが前を見ていないかも知れない」(ながら運転などで前を見ずに運転している者は交通社会では明らかに「悪人」と思います)なんて悪人も居ると想定するが故に自らの所要時間が増えるのは、アホらしいと言えばアホらしいです。

しかしそのような「制約」の度合いと、万が一事故に遭った際に自らが受けるダメージを比較して考えると、やっぱり万が一を考えて「気を付ける」ほうを私は選択しますし、同様にされている方も多いのだろうと思っています。

そして、例えば急いでいる時など「今回は無理して渡ろう」という時もあるのかも知れませんが、「毎回とも完璧」に出来なくても、出来る時だけでも気を付けることには十分に意味があるのだと思っています。

おわりに

今回は「横断歩道」を一例として取り上げましたが、同じような構図の話は世の中に山ほどあるのだと思っています。

そして、状況や事柄によっては、自らの行動の自由が制約されても、自分の身を守ることを優先すべきこともまた多いのだろうと思っています。