kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

虚偽の記者会見→そのまま新聞報道 ~担当した記者等の仕事に対する責任感はどうなっているのだろうか~

以下の記事を読みました。

news.infoseek.co.jp

少し前にも同じような事例があったのに

少し前にも、役所の臨時職員が「フランスの国際格闘ゲーム大会で優勝した」と虚偽の記者会見を行い、それがそのまま新聞記事となり、後に虚偽が発覚して新聞社が記事の撤回と謝罪を行う、という事案がありました。

今回の事案も色んな相違点はありますが、構図は似たようなものだと思いました。

「会見」自体が開かれたことについて

会見の場所は厚生労働省内とのことですが、上記記事では、

 伯母は今月1日、同省の記者クラブに「難病のおいに米国で手術を受けさせるため、その子の親と一緒に、募金を呼びかける記者会見をしたい」と申し込んだ。

とありますので、あくまで申し込みをされ受理をしたのは「記者クラブ」ということであり、従ってこの時点で「騙されている」のは、厚生労働省ではなく「記者クラブ」なのだと思います。

ただ、この時点で虚偽を見抜くのは難しいのかも知れないとも思いました。何故ならまだ「発表したい」(事前資料はあるが発表自体はされていない)という段階ですので、公益性のありそうな内容であれば、新聞社としてはまずは会見で話を聞いて、「記事にするかどうか」を判断する訳であり、そこで「記事にするに値する」と判断した時点で、彼らの「真実性を見極める」という仕事の始まりになる(言い換えれば「わが社の記事にするにしない」と判断したのなら真実性など確かめる必要もない)と思われる為です。

以上、全て「素人」の解釈に過ぎません。念のため申し添えます。

「記事にする」と決めた時点で、真実性を追究することこそが、報道に携わる者の第一の責務ではないのか?

上記記事では以下のように書かれています。

担当記者は、記事執筆前に伯母に電話で再取材したり、HPで情報を確認したりしていたが、男児本人や両親への取材はしていなかった。また、チラシに掲載された男児の生年月日と、HPの生年月日が食い違っていたにもかかわらず、虚偽に気づかなかった。 

専門知識の高い方のページを読ませて頂くと、HPや記者会見の内容は「おかしい点がいっぱい」という感じであったようですが、そこまで専門性が無くても普通に『男児本人や両親への取材』をするだけで虚偽が発覚する事案であるにも関わらず、それさえもやっておらずに報道してしまっているというのは、驚きに値すると思いました。

仕事の種類によっては「どちらに転ぶのが世の中の為なのか」と賛否が分かれるような事柄もあると思うのですが、報道に限って言えば「真実性が高いほうが世の中の為になるに決まっている」と言い切ってしまえると個人的には考えています。

すなわち、「真実性を追究する」ことが報道に携わる人々の使命であるように思うのですが、このような間違いを犯してしまう「報道人」というのは、自らの仕事に対してどれほどの熱意を持って接しているのだろうか、と疑問に感じてしまいます。

おわりに

どのような内容であっても「報道」する以上は真実性の追究の必要性に差異は無いのかも知れませんが、やっぱり公益性の高いような内容には、より慎重になるべきようにも思います。

はっきり言って、「フランスの国際格闘ゲーム大会で優勝した」という内容であれば、そもそも大手新聞社が報道するに値するのだろうか?と個人的には思えてしまうほど「どうでもよいこと」であるようにも思うのですが(かと言って間違いを報道して良いとは思いませんが)、今回の事案はそんなものとは比べ物にならないほど「公益性が高い内容」だと思います。

そのような内容で今回のような間違いを犯してしまった「報道機関としての問題の大きさ」は、決して小さいものでは無いように思いました。