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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

自分に子供が出来て知ったこと二つ ~子供を育てるということは、自分が成長するということでもあるのかも知れない~

ウチには子供が一人ですが居まして、現在小学三年生です(男の子)。

と言う訳で子育てを始めて九年ほど経つ訳ですが、実際に自分に子供が出来て改めて知ったことや強く再認識したことを二つ記します。

自分の子供は可愛いということを知った

実は私、元々は子供好きでも何でもありませんでして、独身の時は小さな子供と上手く接することも出来ませんし、「結婚はしたいけど、子供は要らないかなぁ」なんて考えていた男でした。

そして結婚してからも、体調を崩していたこともあり、すぐには子作りをしませんでした。

体調が戻った頃になっても「子供要るかなぁ」なんて最後まで逡巡してまして、妻からかなり強く背中を押されて決断したのでした。

そして妻が妊娠してからも、早く無事に生まれてきて欲しいと願う反面、それでも「実際に生まれてきたら可愛いと思えるのだろうか」なんて自分でも半信半疑であるような状態であったのです。

ですが、立会い出産をしたのですが、わが子が生まれ出たその瞬間から、「なんて可愛いのだろう」なんて思ってしまいまして、そしてその時々で「今が一番可愛い時期かもなぁ」なんて思いながら、九年ほど経った現在もやっぱりそのように思っている訳です。

と言う訳で、私にとってはこの「子供が可愛い」という感覚は子供が出来て初めて知ったものであり、それ以前には「想像」さえ出来ないものでした。

ちなみに妻は、子作りを始める前の段階から、「実際に子供が出来たら、この人(私のこと)は絶対に子供を可愛がるはずだ」と確信していたそうです。後から聞きました。

色んな性格や考え方の人が居て当然と考えるようになった

自分の子供であっても、自分自身とは性格が異なりますし、大きくなってくると自己主張も顕著になってきます。

しかし「ダメなものはダメ」とは教えますが、「まあ、自分ならこうするけど、まあどっちでもいいから好きにやらせよう」ということも年々増えてきています。

それは、子供が大きくなり自己主張が「まともな内容」になってきたからという理由もありますが、私自身も今まで子育てする中で「やっぱり子供は別の人格なのだな」と強く認識するに至り、いわゆる「譲歩」をする幅が広がった部分もあると思います。

そして、それは子供に対してだけでなく、他人や社会に対してもそのように考えるようになったように思えます。

一つ具体例を挙げると、人のブログを読む際に、昔は少しでも自分の思想と合わない部分が出てくると大抵はそこで読むのをやめていたように思うのですが、今では一つや二つそういう部分が出てきても、面白そうだと思い読み始めたものなら最後まで読みますし、「全体的な流れ」としては賛同するような気持ちになることも多いように思います。

平たく言えば「人間が丸くなった」ということかも知れませんし、その是非は評価する人により異なるのでしょうが、私自身は「人の意見が耳に入る範囲が広がった」という意味で非常に良かったと思っています。

おわりに

そんな感じで子育てをしていると、同時に自分自身も「成長」を続けているのかも知れないと、改めて考える次第です。