kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

生きていく為に必須の「お金を稼ぐ」仕事は「好き」であることに越したことはないと思う

私(45歳男性)はフリーランスで設計の仕事をしています。

もちろん、フリーランスであっても何であっても社会の中で生きている以上、「完全なる自由」など有り得ないと思っています。

ただ、「自分を押し殺して規則に従って云々」というものとは全く無縁でそれこそ「フリー」な感じで働くことが出来ていますし、何より私は仕事が好きです。

が、よくよく考えると私自身に限って言えば、それはサラリーマン時代も変わらなかったな、とも思います。

どんな場所で働くか

やっぱり大企業とか公務員とか、そのような大組織の職場だと「自分を押し殺して規則に従って云々」が増えるのは当たり前であるように思っています。と言うか、今から約25年前の新卒の時点で既にそう思っていました。

そもそも大企業に入社するのは無理だったと思いますが、たぶん地方公務員ならなろうと思えばなれたかも知れません(いずれも受けたことが無いので想像ですが)。また両親は公務員になることを望んでいました。

が、私は以下の理由により「公務員には絶対にならない」と決めていました。

・自分の性格だと楽しく働けると思えない(あくまでも私個人に限った話です)。
・安定などよりも、生きがいを持って続けられるような部分を「仕事」には求めたい。

そんな訳で、業界の中堅企業に入社しました。一応、全国展開されていたので全て合わせると社員数は200名程度は居たと思いますが、自分の勤める支社の社員数は50名程度の会社です。

バイトでの経験

話が前後しますが、学生の時分はよくバイトしました。高校に入ってすぐに始めたので、15~16歳の頃から働いていたことになります。

倉庫や工場などの仕事が多かったのですが(接客業とか自分には向いている訳がない為)、若造が入っていっても最初は周囲のおっちゃんおばちゃんに偉そうにされることもある訳ですが、新しく入った職場では最初は「何も出来ない」訳なので偉そうにされるのは当たり前なので、とりあえずは仕事を頑張る訳です。

そして「仕事が出来るようになる(作業が早くなる)」と明らかに周囲の「自分を見る目」が変わります。特に少し偉い人、例えば社員の男の人なら「課長」みたいな立場の人とか、パートの女性の方なら「パート長」みたいな立場の人から好意的に見られるようになり、そしてその下についている人たちからの見られ方も変わっていく感じでした。

もちろん、そうなると忙しい(流れ作業だと掃くのが難しい)場所などにもよく回されるようにもなるのですが、別に拘束される時間が同じなら忙しくてもヒマでも一緒だと思ってましたし、それで自分がその職場に役立つのであれば、それに越したことは無いと思ってましたし、何より「人に喜ばれた上に、お金まで貰える」というのが衝撃的に気持ちよい感覚だったのだろうと思います。

もちろん、上手く行かない職場もありましたが、いくつかの職場でそのような経験をして、たぶん「働くこと」自体が好きになったように思います。

サラリーマン時代 ~自分に向いていた小さな所帯~

前述した中堅企業に新卒で入社した時は、一年目の時から結構好きにやっていました。

直属の上司(課長)や先輩にも自分の意見は普通に言ってましたし、仕事のやり方も可能な限り自分の良いと思う方法でやってました。正直に言うと、そういう人たちからは「ややこしい新入社員」だと思われていたと思います。ですが、特に技術に関することは思った「正論」を言っていました。

すると、そうこうしている内に、部署の一番上の「部長」に目をかけられ、暫くして直属の「下の者」として仕事をするようになりました。

その部長とも、かなり議論などやり合いましたが、基本的には私の考えを聞いてもらえることが多かったです。今から思うと何と懐が深い方なのだろうと思います。

それから二年ほどして転勤してきた新しい「課長」の下についたのですが、その時は既に私自身の社内での評価もありましたし、またその新しい課長とは「馬が合う」感じでしたので、特に問題なく過ごし、暫くして社内で「独り立ち」しました。

以上のような経緯をたどることが出来たのは、大きな組織ではなく「小さな所帯」であったからだろうと思っています。

自由に伴う「責任」

そんな感じでサラリーマンになってからも好きなようにやっていた訳ですが、当たり前ながらそれには「責任」が伴います。

自分の「やり方」でやらせてもらえても、その「結果」が悪ければ、すなわち作り出すもののクオリティが低かったり時間が掛かりすぎていたりすれば当たり前ながらダメ出しが出るのだと思います。

そして、失敗ばかりでは「あいつは口だけだ」となりますし、そんな感じでチャレンジするよりかは「上司に言われた通り」するほうが無難という考え方もあると思います。

ただ、私はチャレンジするほうを望みましたし、もちろん人間のやることですから「失敗」する時もあるのですが、運よく仕事が自分に向いていたのか「成功」のほうが圧倒的に多かったので、若くして「社内の立場」を築けたのだと思います。営業の方を通じて顧客から聞こえてくる「良い評価」も後押ししてくれました。

ただし、そういう立場になると回ってくる仕事も多くなりますし、また、まだまだ若いので「勉強」する時間も必要なので、労働時間だけ見ればかなりの「過酷」な状況になることも珍しくありませんでしたが、それも自分が好きなようにやる為の「責任の一つ」だったのかも知れないな、と今になっては思います。

10年ほど働いて最終的には過労で体調を崩してしまいましたが、基本的には好きで働いていたので「辛い」という感覚はあまり無かったように記憶していますし(もちろん本業とは無関係のストレスは非常に多くそちらのほうが体調には関係したかも知れない)、その間に出来た「経験」や身に付けた「技術力」は、その後にフリーランスとして「一人」でやっていくための、非常に大きな武器になっていると思います。

おわりに

サラリーマンの時の自分の働き方や得た財産(経験や技術力)や、それが基になりこの仕事を今でも「好き」でやれている現状を考えると、私の場合は大企業とか公務員などの大組織ではなく、所帯の小さな所を選んでおいて本当に良かったなと改めて思います(繰り返しますが私に限った話です)。

また、前述した「部長」や「新しい課長」など、若造である私の議論その他にかなりの時間を割いてくれた訳で、人に恵まれたという意味での「運」もあるとも思っています。

あと、それ以前のバイト時代の経験により「働いてお金を稼ぐ」という行為自体が好きになっておいたのも今から思えば本当に良かったと思います。なんせ好きでも嫌いでも生きていく以上は必ず「お金を稼ぐ」ことからは逃れられませんので、それなら嫌々やるよりかは「好きでやる」ほうが良いに決まっていると個人的には思っています。また、この原体験がその後の私の仕事に関する「生き方」を決めたのかも知れないな、と今になっては思います。

ただし、基本的な思いは以上で述べた通りながら、何事にも限度があると考えた時に、私の「仕事好き」や(特に若い頃の)「労働時間」というのは少し限度を超えているかなと今では思わなくはありませんので、誰にでも勧められるようなものでは無いと思っていますし、自分の子供に同じ道を歩んで欲しいかと言えば、それも少し違うようにも感じています。

ただ、私自身は今までの人生に後悔は全くなく、今までずっと「好きで働けている」ことを、本当に良かったと思っています。

※ ※ ※ ※ ※

サラリーマンを続けなかった訳などは以下の記事に記しています。

t-kazu-t.hatenablog.com