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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

「クルマのそばで、しゃがみこんではダメだ」というのは、「親の価値観の押し付け」で良いと思っている話

クルマのそばで、しゃがんでしまった息子

先日のことですが、妻が運転するクルマに私と息子(小学三年生)が同乗していました。

自宅マンションの立体駐車場の前に着き、妻は運転席から降りて機械の操作に行き、私と息子はそのまま降車しました。

息子はクルマを降りてすぐにしゃがみこんでしまいました。「(乗っているクルマ、よその停まっているクルマに関わらず)クルマのそばで、しゃがみこんではダメだ」と小さな頃から教えていたので、今までそんなことをした記憶は無いのですが、少しクルマ酔いをしていたからか、そのようなことが(記憶の限り)初めて起こりました。

私は「絶対にクルマのそばで、しゃがみこんではダメだ!」と厳しく大きな声で言いました。別に怒っている訳でも、叱っている訳でもなく、「厳しく大きな声」で言ったのです。

息子はクルマ酔いしていたとは言え「ほんの少し」だったので、私が声を発した瞬間に即座に立ち上がりました。二人で歩いて自宅に帰る際に今度は普通の声で「絶対にダメだぞ」と改めて話しました。

駐車場などで子供がクルマに撥ねられる事故

ニュース記事などで、駐車場などにおいて子供がクルマに撥ねられて亡くなってしまう内容の記事を目にすることは珍しいことではありません。親が運転するクルマに跳ねられるケースも普通に目にします。

本当に小さい子供の場合は立っていても(運転席からの)死角に入ってしまうのでしょうが、ある程度大きくなった子供の場合は、「立っていれば見えたであろうに、しゃがみこんでいたばかりに」というケースもあるのだろうと思います。記事までは引用しませんが、私が覚えているものでも一件はありました(被害者は小学一年生)。

もちろん、ドライバーの側が細心の注意を払う必要があるのは言うまでも無いことですが(いつもブログで書いている通りです)、子供の側も「クルマのそばでは、しゃがまない」ことを実践するだけで事故に巻き込まれる可能性を減らせるのであれば、可能な限り実践すべきように思っています。

「親の価値観の押し付け」で良いこととダメなこと

子育てをしていると、子供に対して「大人相手の時のように喋ってはダメだ」と強く意識することがよくあります。

例えば特定の国が嫌いであるとか、特定の企業が好きでないとか、そのような話は子供の前では出来るだけすべきでないと考えています。

もしくは「死刑制度に賛成か反対か」のような話も、自分の考えを押し付けるような言い方は慎むべきと考えています。これは実際に息子に聞かれたことがるのですが(賛成か反対かというような聞き方では無かったが流れでそのような話をすることになった)、その時にも自分の考えは敢えて曖昧にして、要旨だけですが賛成側の意見と反対側の意見を両方伝えるようにしました。

その他にも色んな事柄に関して「こんな私の価値観は押し付けるべきものではないかも」というようなことを考えます。

では子供が何歳になるまではダメなのかとか、良いものとダメなものの線引きとか、自分の中で明確な答えがある訳ではないのですが、それでもそのようなことは常に意識してしまいます。

しかし反対に、例えば「人のモノを盗んではダメだ」というようなものは百パーセント言い切ってしまって良いと考えています。すなわちこれは「親の価値観の押し付け」なのですが、この内容に関してはそれで良いと確信している訳です。

そして同様に、「クルマのそばで、しゃがみこんではダメだ」というのも、そのように言い切ってしまって良いと考えています。

おわりに

色んな状況により様々なのかも知れませんが、ほとんどの状況ではクルマのそばでは「立っているだけ」で危険性が減らせるように思っていますので、可能な限り「立っている(しゃがみこんだり座りこんだりしない)」ほうが良いに決まっていると、私はそのように考えています。