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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

「恋愛離れ」と「AKB48の握手会」を結びつけたNHK情報番組の記事を見て思ったこと

以下の記事を読みました。

news.livedoor.com

握手会も「面倒くさい」「コストがかかる」のでは?

恋愛離れに至る心情として「面倒くさい」「コストがかかる」というような意見が取り上げられたようですが、その後に「恋愛にブレーキをかける要因」として「AKB48の握手会」が取り上げられたそうなのですが、普通に考えて「AKB48の握手会」に行くのって、めちゃくちゃ「面倒くさい」し、それなりに「コストがかかる」ような気がしました。まあ、行ったことはありませんので「想像」に過ぎませんが。

更に想像を働かせると、一回や二回だけ行くのであれば大したことは無いのかも知れませんが、「恋愛にブレーキをかける要因」という位ですから、握手会に限らず色んなイベントがあるのだろうと思いますが、「恋愛にブレーキをかける」のに見合うような頻度と回数をこなそうと思うと、「面倒くさい」「コストがかかる」部分は恋愛するのと大差が無いのではないか?なんて思ってしまう訳です。

何が言いたいのかと言えば、ようは「AKB48の握手会」が恋愛離れの「要因」って有り得るのだろうか?と純粋に思うのです。上記記事でも触れられていますが、何か他の理由で恋愛から距離を置いた人がその代わりとしてAKB48などアイドルに恋愛感情を抱くということは有り得るような気もするのですが、それは「要因」とは順序が全く逆であると思います。

仮に本当に「要因」だとすると、AKB48のような「会えるアイドル」が居なかった時代には普通に異性と知り合い恋愛していたような人が、「会えるアイドル」が出現したことにより「普通の恋愛よりも面倒が少ないしコスパも良いや!」などと思って恋愛をしなくなる、というようなことを意味することになると思うのですが、そんなことが本当に有り得るのだろうか?と純粋に思います。

「人の趣味」に口出しすることには慎重であるべきと思う

以下は私の個人的な考えです。報道関係者でも何でもありませんので、単なる「素人」の考えですが、ブログなどを書く際に非常に気を付けていることの一つとなります。

例えば今回は「恋愛離れ」というものが題材ですが、これが肯定的に捉えているのであれば話は別なのですが、現在のところ「恋愛離れ」というのは否定的に捉えられることが一般的であるように思います。恋愛離れの「深刻化」などの文言が使われることからも否定的に捉えられることが見て取れるという印象です。

そのような「否定的に捉えられている社会的現象」の「要因」として「人の趣味」であるような範疇のものを取り上げることは、かなり慎重であるべきことのように思っています。余程説得力を有する統計資料等でも無い限り、何となくのイメージで取り上げることは慎まれるべきであると思う、というような意味です。

もちろん、私の場合は個人のブログですし自分の主観に基づいて文章を書いていますので、偏ったことも普通に書いてはいるのですが、特に人の趣味や生き方などに言及する際には、「私の個人的な考えに過ぎませんが」などの言葉を敢えて添えるようにしたり、またタイトルや文章自体も全体的に「私はこう思う」的な文体にすることにより、その内容が「一般的であると言えたり、もしくは統計的に立証されているような内容」であるとは限らないと伝わるように心がけています。

例えば今回の題材である「恋愛離れの進行」なら、それと「会えるアイドルの一般化」が仮に本当に同時進行していたとしても、どちらが原因でどちらが結果かは分からないのは上で述べた通りですし、また「全く無関係のものがたまたま同時進行していたに過ぎない」という可能性も否定出来ません。

NHKをはじめとする「報道機関」としてはどのような姿勢が正しいのかは私には分かりませんが、私自身がブログなどで何かを発信する際には、完璧に出来ているか否かは別として、上で述べたようなことは常に意識しています。もう少し正確に書くと、長年書いている中で徐々にそのように考えるようになりました。

冒頭で紹介した記事を読み、そのようなことを改めて思いました。