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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

子供が出来て「父親」になって「人生の充実度が上がった」と純粋に思う

元々「子供好き」でも何でもなかったけれど

私は若い頃から「結婚」はしたいと思っていましたが、子供に関しては「要らないかなぁ」と漠然と思っていました。

と言うのも、若いときは小さな子供を見て「可愛いな」と感じるようなことが無かったですし、例えば飲食店で小さな子供が騒ぐ声が聞こえてくると「うるさいな」なんて普通に思っていましたので、自分に子供が出来ても「可愛いと思えるのか?」なんて考えていた為です。

友達の少ない私にも一人だけ旧友が居ますが、彼は私よりも早く結婚して子供も居たのですが、その彼から「やっぱり自分の子供は可愛いよ」なんて聞いても、半信半疑という感じでした。

また、「可愛いと思えるのか?」と考えてしまう問題の他にも、人生において子供が出来ることにより時間やお金などの「自由」が減るのが嫌だな、というような考えもあったように思います。

そんな私でも「妻からの信頼」により子供を持つことが出来た

結婚してすぐの頃は、私も妻も「パニック障害」という病気を患っていて(同じ病気だったのは偶然)子供どころでは無かったのですが、治療が進み二人とも問題ないレベルまで回復しました。

そして妻は子供を望みましたが、私は上で述べたような思いからずっと逡巡していました。

最終的には妻からのかなり強い説得というか要望というか、そのようなものを訴えられて子供を作ることを決断した訳ですが、随分と後になって妻から聞いたのですが、当時から妻は実際に子供が生まれたら私は子供を可愛がるだろうと確信的に思っていたそうです。

そのような意味で妻は私を信頼していてくれた訳で、それが「私のような男でも子供を持つことが出来た」一番の要因だと思いますので、妻には感謝している次第です。

やっぱり子供は可愛かった

実際に子供が生まれてくると、生まれ出たその瞬間から可愛かったですし(立会い出産をしましたので文字通り「生まれ出たその瞬間」から)、それから十年近く経ち息子は既に小学三年生になりましたが、今でもずっと可愛いままです。

それどころか、全く知らないよその小さなお子さんを例えば公園などで見かけても「可愛いな」と思うようなことも今ではありますので、私自身の感性も「自分の子供を持つ」という経験と共に変わってきたのだろうと思っています。

色々あってもやっぱり「人生の充実度」は上がったのだろうと率直に思う

もちろん、子供が相手であっても腹が立つことだって普通にありますし、また子供の為とは言え例えば叱ったりしている時は自分にとっても決して「楽しい時間」ではありませんし、言いすぎたと後悔することなども普通にあります。

また、子供が病気になれば心底から心配しますし、それが入院に至るような病気であれば尚更です。ちなみに息子は二度入院の経験があります。

しかし、そういう時間も含めてずっと子供は可愛く愛おしい訳でして、そのような感覚はまさに「子供を持って初めて知った」のだと思います。

親として時には厳しく叱り、時には深く悲しみますが、時には真剣に褒め、時には心の底から喜んで、一喜一憂しながらも妻と息子と三人で手を携えて「子育て」を中心とした生活を送っている現状を経験していることにより、私の中では確実に「人生の充実度」は上がっているのだろうと、今でもそのように感じています。