kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「優先席」騒動に思う ~位置づけが曖昧な優先席なら無いほうがマシなのかも~

以下の記事を読みました。

news.infoseek.co.jp

私の解釈

正確には電鉄会社等により様々なのかも知れませんが、「優先席」に関する私の解釈は以下の通りです。

・お年寄りなどに席を譲るよう、電鉄会社が客に「お願い」しているもの
・従って必ずしも譲る「義務」がある訳ではない

以上の前提で以下を書き進めます。

優先席で無ければ、座っていても良いのか!?

上記の記事には以下のような意見が出てきます。

たしかにお年寄りを目の前に立たせて優先席に座る若者の姿は美しくない。

いやいや、では優先席では無い普通の席なら「お年寄りを目の前に立たせて」座っていても醜くないのかと言えば、決してそんなことは無いと私は思っています。

すなわち、お年寄りなどに席を譲ることが「正しい」と考える人であれば、それはその席が優先席か否かはあまり関係が無いと考えている人が多いのではないか?と思っていますし、私自身はその通りに考えています。

「日本に貢献したきたから優先されるべき」は間違いと思う

上記の記事には66歳の作家の方の意見として以下のような内容があります。

「若者たちの間に、自分を律する矜持がなくなっていることを嘆かわしく感じます。弱者のために用意された席に、楽をしたいから座るなんていうのは恥ずべきこと。祖先を敬い、先達がいるから自分たちがいるという想像力に欠けている。

この若者は『同じ電車賃を払っている』という悪しき平等主義なんでしょうが、彼が乗っている電車をはじめとするインフラや安全な日本を、一体誰が作ったと思っているのか」

この意見はすなわち、「現在の豊かな日本があることに関してはお年寄りたちの貢献度のほうが高いのだから優先されるべき」というように私には聞こえました。

この論理で行くと、同じお年寄りでも仕事の内容(貢献度の高さ)や収入(=今までに払った納税額)により優先度が変わってしまいますし、また30代や40代でも凄い仕事をして日本を豊かにすることに多大なる貢献をし、またそういう人たちは収入も凄いことが多いので庶民が一生をかけて払う税額の合計より多くの税金を既に払ってしまっている人も居ると思われますが、そういう人たちは「庶民のお年寄り」より優先されるべきことになってしまいます。

「優先席」というのはそうではなくて、相手が体力的に弱い立場だから「譲る」のであって、それ以上の意味は無いと私は思っています。

老人の間違った権利意識

少し古い記事ですが、以下のような記事があります。

lmedia.jp

この記事では私が冒頭で述べた解釈と同じ(電鉄会社等が譲って欲しいとお願いしているので譲る「義務」は無い)であり、そして以下のようなことが書かれています。

席を譲る義務がないということは、優先席を必要としている方であっても優先席に座る権利がないことを意味します。

この部分は非常に重要なことであり、お年寄りからすれば自分が座る「権利」などどこにもなく、「お願いする立場」であることが分かります。

これを前提として考えていれば、冒頭の記事で書かれている「横柄な態度で席を代わることを要求するお年寄り」という存在は「決定的に間違っている存在」であると私には思えました。

おわりに

結局、「お願い」なのか「義務」なのか曖昧であることが騒動が起こる本質であるように思いますし、また「お年寄りなど体力的に弱い方を目の前に立たせて元気な自分が座っているのはみっともない」と考える人は、その席が優先席だろうと普通の席だろうと譲るような気がします。

更には少子高齢化が進みお年寄りの占める割合がどんどん増えていくことも併せて考えると、隅っこの限られた席だけを「優先席」などと区別することに意味があるのか?むしろそのような曖昧な席は無くして全ての席を「優先席のような精神」で乗客(若者、お年寄りの両方)の良心に期待するほうが上手くいくのではないか?というようにも思いました。

なお、私自身は基本的に席を譲りますが(普通の席の話。優先席にはそもそも基本的に座らない)、譲る際の恥ずかしさなどもありますので、そもそも満席になりそうな状況では、乗り込んだ時には満席になっていなくても立っていることがほとんどです。恥ずかしさや「譲って断られたら気まずそうだ」と心配するよりかは、最初から立っているほうが気楽であると個人的には考えています。