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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

インターネットでの「炎上」の是非

以下の記事を読みました。

news.yahoo.co.jp

私の基本的な考え

私は基本的にインターネット上で「炎上」が起こることは、あって然るべきことなのだろうと思っています。

私自身もブログで意見などを発信している立場ですが、自分自身は「炎上」に巻き込まれたいとはもちろん思いませんし、また閲覧数を伸ばすために敢えて過激な言葉遣いなどをして故意に「炎上」を起こそうとか、そのようなことも考えたことはありません。

すなわち、私自身はそのようなものとは無縁に平穏に意見を発信したいとは思っていますが、それとは別に、「炎上」が起こることは「社会の中における現象」としてはあって然るべき現象なのだろうと捉えています。

「何をやっても大きな批判は起きない」ことは正しくないと思う

冒頭で紹介した記事の中に、「山口真一・国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師」という方の意見として以下のように記されています。

ネット炎上を放置することで、とにかく避けなければいけないと思うのは、「社会全体で見た場合に、みんなの発言が萎縮してしまうこと」です。

「萎縮」と言ってしまえばその通りなのかも知れませんが、やっぱり「誰が見たり読んだりするか分からない」という場においては何を言ってもやっても良いということはなく、発信する側に一定の「自制」が求められるのは当然であるように思います。

そして、世の中の大半の人々が「それは絶対にアカンだろ」と感じてしまうだろうと事前に想像がつくような内容の発信は「自制」するのが当たり前なのだと思います。

最近なら「コンビニのおでんをつんつん」というのがありましたし、そのようなもの(「バカッター」と呼ばれるような投稿)は前々からずっとありますが、このようなものが「炎上」するのは当たり前のことのように思いますし、逆にこのようなものが「誰にでも見られる場所」で発信されているにも関わらず「騒ぎは何も起きない」という社会のほうが「正常でない」ように感じる次第です。

もちろん、「そこまで騒ぐようなことか」という意味で曖昧なラインもあるのだと思うのですが、それも含めて「あって然るべきことなのだろう」と思っています。

そのような「不適切投稿」は極端な例ですが、普通の意見発信であっても、それでも書くのかそれとも控えるのかは別にして、「記す内容」とか「言葉遣い」などを熟慮し時には自制することは「公の場」である以上は当たり前のことだと思っています。

おわりに

匿名(ハンドルネーム)で何かを発信し「炎上」してしまった人の名前や住所などの個人情報が「特定」されて拡散されるような時もありますが、警察が介入するなどして「違法性」が明らかになっているなどではない限り、単に「好ましからざる行為だ」というだけで個人情報が拡散されるようなことは、基本的に好ましくないように思っています。

他にも「批判する側の言葉遣い」とか、「憶測による情報が飛び交う」など個人的には問題もあるように感じることは少なくありません。

ですが、やっぱり「炎上」が全く起こらないという社会よりかは、問題はありながらも「炎上は起こり得る社会」のほうが、どちらかと言えば健全であるように感じています。

そして私のブログなどアクセス数は微々たるものですが、それでもそのようなものに巻き込まれる可能性は常にある(ゼロでは無い)という前提での緊張感は忘れてはいけないのだろうと思っています。