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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

公人が「賭けマージャン」を公言する時代であっても、私は言葉を選んでブログを書いていきたい

以下の記事を読みました。

headlines.yahoo.co.jp

以下の囲みに記事の前半部分を引用します。

賭けマージャンを繰り返していたことが問題となった福岡県飯塚市の斉藤守史(もりちか)市長と田中秀哲(ひであき)副市長は26日の定例記者会見で、賭けマージャンを容認するかのような22日の発言を撤回し、謝罪した。斉藤市長は「賭け事は1円たりともしてはいけない」と述べ、市政治倫理審査会が辞職を勧告した場合は従う考えを示した。

2人は22日、土日や平日夜のほか、市役所の開庁時間にも賭けマージャンをしたことを認め、斉藤市長は「賭けなかったらマージャンをする人がどれぐらいになるだろうか」、田中副市長は「半分ゲーム感覚。何もないと面白くない面もある」と発言していた。

立場や状況とは無関係に「正直な本音」を喋ればそれで良いのか

最近では西宮市長が、自身が中高生の頃にタバコを吸っていたというような発言がありました。公人の立場として、公の場で、過去の自身の「法律に違反する行為」を堂々と喋ってしまっている訳です。

そしてついには今回、冒頭で紹介した記事の事案では市長や副市長という立場の公人が、「大昔の話」などではない現在の話として「賭けマージャン」を肯定するような発言をしてしまっています。

しかも西宮市長の「中高生の頃のタバコの話」に関しては、若者に対して自分の居場所は自分で見つけろよ、というようなことを伝えたいというような大義があったようですが、今回の「賭けマージャンの話」はそのような大義も無さそうに思います。

私はマージャンのルールも知りませんし一度もやったことはありませんが、見聞きする限りにおいては「賭けマージャン」というのは現実には「普通に存在する」のかも知れないとも思うのですが、お金を賭けた賭博は法律で禁じられている以上、ありふれた出来事であったとしても「こっそり」やるべきものなのであって、間違っても「公人が公の場で堂々と発言する」ような性質のものでは無いように思うのです。

が、そのようは私の感覚が古いというか現代では少しズレているのかも知れないな、という風に感じることが最近は増えたような気がしています。

おわりに(今後も言葉を選んでブログを書いていく)

私はずっとブログを書いていますが、匿名ですし、また公人でも何でもない単なる一般人ですが、それでも記述する内容が「法律違反ではないか」「公序良俗に反していないか」という部分は、(完璧に出来ているか否かは別として)けっこう気を遣って書いています。

もしかしたら、もっと違う書き方をしたほうがお読み頂く皆様にとっては「面白い」のかも知れませんし、お読み頂く人の数(アクセス数)も増えるのかも知れませんが、やっぱり私は自分の気づく範囲であっても「言葉や内容を選んで」記していきたいと考えています。

それでも「伝わる何か」があると信じて、今後も書いていきたいと思っています。