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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

子育てにおける「○○すべき」というような内容の記事等の捉え方

私の考え 子供のこと

子育てに関する記事を読んでいると、「親がいつも子供に対して○○していると、子供は××になってしまうので良くない」的なものをよく目にします。

いつも思うのは、「それは人それぞれ違うのではないのかなぁ」ということです(もちろん内容にもよります)。

すなわち、子供自身や親の性格などにより、当てはまる親子も居るのでしょうが、逆に親が「○○したほうが」上手く子供が成長する親子だっているのではないか?と思うことが少ないない訳です。(繰り返しますが記事の内容によります)。

もしかしたら「平均的」には記事の通りなのかも知れませんが、その内容が多くの親子に対して「平均的」に当てはまるというような統計資料などが示されていることは滅多にない、というのが私の個人的な印象となります。

※ ※ ※ ※ ※

では、そのような記事は全く無益であると思っているかと言えば、もちろんそんなことはありません。

「親が○○」している→それはこうだから→「子供が××」になってしまう、という論理構成の部分は、確かにその通りに考えられるなと思わせられることも多いです。

しかしながら、どれだけ自分としては感心した論理構成であっても、「では実際にウチの息子にとってはどうなのか?」という視点を忘れてはいけないと考えているのです。すなわち、「論理的には正しそうに感じたからと言って、我が家にも必ず当てはまると妄信してはいけない」というような感覚です。

実際に自分が「○○することをやめてみた」場合に、子供の成長にとって良い方向に進むのであればそのまま続けますが、「ウチの息子に限って言えば、そうでも無さそうだ」と思われるような場合は、元に戻したり、もしくは折衷したりしながら、すなわち「様子見」しながらやっていくことが大切なのだろうと思っています。

自分が一人の大人として何か論理的に非常に感心した論理構成の「言説」に触れたからと言って、その通りに実践していれば安心だ、というような態度は子育てに限らず全ての事柄において好ましくないと基本的には思っているのですが、子育てに関しては特にそのように思います。

めちゃくちゃ気を張る必要などもちろんありませんが、普通に子供の様子を観察して、臨機応変に対応することが肝要なのだろうと思っています。

そして、そのような試行錯誤をしながら色んなことを思考する上で、色々な「言説」が存在することは、それが納得出来る、出来ないとか、我が家に当てはまる、当てはまらないなどに関わらず、その存在自体は(これも内容にもよりますが基本的には)好ましいことであると考えています。