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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

「非モテ」と「結婚生活を送る為の資質」は基本的に無関係だと改めて思った話

以前から書いています通り、私は独身時代はいわゆる「非モテ」だったと思っているのですが、

これも以前より書いていますが30歳の頃に「やっぱり絶対に結婚したい」と強く思い、しかし非社交的で同性の友人さえ極少で女性の知人や友人なんて一人も居ない私は自力で相手を探せる場所として(真面目な目的の)出会い系サイト(現在のことは詳しく分かりませんが今で言う婚活サイトのようなものだと思います)を選択し、そこで頑張って相手を探し、妻と知り合うことが出来て結婚して現在に至るのですが(結婚して十数年経っています)、

私は自分自身でも偏屈者であるようにも思いますし、そのような私が誰かと知り合い結婚出来たこと自体が奇跡的であるようにも思っているのですが、

奇跡的であっても何とか結婚することが出来て、それ以降、十数年にわたり平穏に結婚生活を送れていることに関しては、

もちろん妻という気も合うし自分のことを深く理解してくれるような相手と出会えたという「出会いの幸運」もあると思っていますが、

結婚した後の「結婚生活を送る」という部分に関しては、そもそも「非モテ」であった(ある)ことが特段マイナスに働く訳では無いのかも知れないと、

改めて考えると当たり前であるような話なのですが、そのようなことを改めて思いました。

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そのように考えると、もちろん上で述べた「出会いの幸運」や、もしくは妻が色んな配慮をしてくれているからこそ結婚生活は上手くいっているのだ思いますし、そこに感謝をする次第ですが、

私自身の適性と言うか資質の部分も「結婚生活に全く不向きな男だ」ということは無かったのかな?とも今になっては思える訳でして、

仮にそれが本当だとすると私にとって「結婚」というのは最もハードルが高い部分が「出会い」の部分であったとも考えられる訳で、そこさえ乗り越えてしまえば後の部分は一定の適性があったと考えれば、

またいつも書いています通り結婚してからずっと妻や息子と暮らす日々にささやかながらも幸せを毎日のように感じていることも併せて考えますと、

その最も苦手な「出会い」を克服するために、30歳の頃になって恋愛したいとかモテたい等ではなく純粋に「結婚したい」と思い必死になって相手を探したという行動は、

今になって思えば自分の人生において大変プラスになっているのかも知れないと改めて思いました。