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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

私にとっては「通勤から解放された」ことも、フリーランスになって良かったと強く思う点の一つ

はじめに

直接的に関係しないので引用はしないのですが、「通勤」に関する記事を読んでいて、思い出したことを記します。

「電車通勤」はとにかく苦痛でした

私は新卒から十年ほどサラリーマンをやっていましたが、電車通勤は最初の一年ほどしかしませんでした。

東京はもっとヒドいのでしょうが、私の勤務地は大阪市内で朝の電車の混雑具合には本当に閉口しました。

それでもせめて、クルマと比べて所要時間が早ければまだ良いのかも知れませんが、私が住んでいた場所(子供の時から結婚するまで両親とそこに住んでいた)は電車の駅からも遠く、駅まではバスに乗るのですが、これがまた道路が混雑してまして、めちゃくちゃ時間が掛かるのです。

自宅から会社までの直線距離は確か15kmほどだったと思うのですが、朝はバス&電車で良いときで一時間、バスが遅い時は一時間半ほど掛かることもありました。

「他の皆もやっていることだから」と納得の出来ない性格の私は、その時間の浪費と体の疲れ具合に、心の底からアホらしくなりました。仕事自体で疲れるのなら話は分かるのですが、それ以前の「移動」で疲れきっていることに心底からアホらしくなったなったのです。

と言う訳で、詳細は割愛しますが、会社に直談判し、自分の金銭的には月々一万円ほど手取りが少なくなることを受け入れればクルマで通勤出来ることになったので、お金のことは何も迷わずクルマ通勤に切り替えたのでした。

通勤路もやっぱり混んではいますが、直線的に移動出来るので、かなりの時間の短縮になりますし、何よりクルマの運転が基本的に好きなので、渋滞路とは言え満員電車と比べれば「疲れ具合」が全く異なりました。

「残業がエンドレスになる」のは自分的には大歓迎

冒頭に記した記事を読んでいると、電車通勤ではなく徒歩通勤とかクルマ通勤だと「終電」が無いので残業がエンドレスになって嫌だ、というような意見もあるようですが、私は逆に「大歓迎」でした。

仕事(設計のような仕事です)を最後まで考えきりたいのに「終電の時間が迫ってきた」みたいな感じで焦らなければならないことも、私にとっては本当に嫌でして、クルマ通勤になってからはエンドレスで考えたいだけ考えられるので、それも大きなメリットだと感じていました。

そのような当時のことを久しぶりに思い出しましたが、私は今でも「仕事好き」なほうだと思いますが、それは若者時代の頃も基本的に同じだったのだなと改めて思いました。

結婚して「徒歩圏」に引越し

結婚する頃はサラリーマンは辞めて小さな個人事務所に勤務していましたが、場所はサラリーマンの時と似たような場所でした(大阪市内)。

やっぱりクルマの運転は嫌いでは無いとは言え、あくまで「通勤」(=仕事をする為の移動)の為に「無駄」に時間を費やしているという構図は変わらない訳で、それに費やす時間は可能な限りゼロに近づけ、浮いた時間で本来の「仕事」をしたほうが絶対に良いと確信的に思っていましたので、新婚の際の新居は迷わず「徒歩通勤圏」にしました。

大阪市内で地価が高く、そこそこの家賃で抑える為に、かなり古くて狭いマンションになりましたが、それも迷いはありませんでした。そういう部分に理解を示してくれた妻は今から思っても本当に有り難いと思います。

そしてフリーランス

上記の事務所勤務の際に子供が生まれて少し郊外に引っ越したので、また一年間ほどはクルマ通勤をしていたのですが、これは通勤とは全く関係ない理由でですが事務所を辞めて独立することになりました。それで独立し(フリーランスとなり)丸八年が過ぎました。

自宅の一室での仕事ですので、本当の意味での「通勤時間ゼロ」となりました。「プライベート」と「仕事」を、好きなときに瞬時に行ったり来たり出来る訳です。

この「プライベートと仕事の境界が曖昧」というのも人によっては嫌なことのようですが、上で述べてきたような「通勤に関する推移」をたどってきたような私にとっては「めちゃくちゃ快適」である訳です。

おわりに

クルマ通勤に関しては混雑路とは言え、元々からクルマ自体や運転が好きな類の人間なので、決して「不快な時間」では無いのだと思います。

それでも、それに費やす時間があるくらいなら、その時間を浮かせて「遊びたい」と考える訳ではなく「落ち着いて仕事を考えたい」と思ってしまうような人間なので、やっぱり現在の「フリーランスで、自宅の一室で仕事をしている」という現状は、私に限って言えば「めちゃくちゃ向いている形態」なのだろうと改めて思いました。