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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

「食べ残し」を「客の勝手」と言い放つ浅はかさ

以下の記事を読みました。

news.livedoor.com

「賛否」のポイント

この話題、少し前からインターネット上で見かけていましたが、タイトルなどに「賛否」と書かれていることがありますが、その「賛否」(議論の余地がある)のポイントは、お店側がお客に対して「クソ野郎」だとか「二度と来るな」的なことを記した内容をわざわざインターネット上にアップロードするという行為が「賛否」の対象なのであって、その前の段階の「お店の忠告にも従わず大盛りを注文した上で、『食えるワケねーよ』と言い放ちながら半分以上残す」客の行為は絶対にダメな行為で確定事項なのだとてっきり思い込んでいました。

なので、上記記事で著名人がこの部分を「客の勝手」などと擁護する姿勢を示したという部分に非常に驚いた次第です。

その意見が「浅はか」だと思ったポイント

その意見(上記記事内での食べ残しの客を擁護する意見)で特に「浅はか」だと思った点を二点記します。

まずは一点目を以下の囲みに引用します。

どこにも『残す人は入るな』って書いてない

この論理が通用すると考えると、例えば電車内で床に寝そべっている人が居たとして、「どこにも『床に寝そべってはダメ』とは書いてないから、客の自由」というものが通用するという話になると思います。

と言う訳で、「電車内で床に寝そべっている人」の存在を認められるという人ならこのような言説を主張しても良いのだと思いますが、「それは常識的に有り得ないだろう」と考えてしまう人なら、「お店の忠告にも従わず大盛りを注文した上で、『食えるワケねーよ』と言い放ちながら半分以上残す」部分にだけ「どこにも『残す人は入るな』って書いてない」と主張するのは、かなり無理があるように思いました。

次にもう一点、以下の囲みに引用します。

オレは大抵残すから

先に感情論的な部分を書いておくと、よい大人が自ら「オレは大抵残すから」などと常日頃から外食店で人様が作ってくれた食べ物を残していると堂々と宣言するという部分に「恥ずかしさ」を感じないのだろうかと率直に思いました。

もちろん、体のコンディションとか、どうしても味が口に合わないなどの理由で「残してしまう」ということは誰にでも有り得ることですが、それを「申し訳ないと思いながら、こっそり」という意識で行うのか、「オレは大抵残すから」と公の場で言い放つような精神性の下に行うのかでは、全く同じ行為でもその意味合いには天と地ほどの差があるように思いました。

以上は私が感情的に思った部分ですが、今回の騒動という枠組みの中で論理的に感じる違和感としては、今回お店から批判されている「お店の忠告にも従わず大盛りを注文した上で、『食えるワケねーよ』と言い放ちながら半分以上残す」という行為の是非と、自分自身が日常的に「オレは大抵残す」こととは根本的に無関係ではないか、と率直に思いました。

おわりに

私の勝手な想像ですが、上で取り上げたような内容を本心で言っているというよりかは、「批判する意見が多い中で、敢えて擁護する立場に立ってみた言説」ということなのかな、と勝手に思った次第です。