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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

無報酬でも「好きな仕事」ならやるべきなのか?という問題

以下の記事を読みました。

news.livedoor.com

はじめに

上記記事で取り上げられている方や、その方の仕事(作品)のことなど、私は全く知りませんので、この方の意見発信に対して何かを云々言いたい訳ではありません。念のため最初に申し上げておきます。

上記の記事を読み、「無報酬(もしくは収入面で考えれば割りに合わないほど低い報酬)でも好きな仕事ならやるべきなのか」みたいな部分で少し思うことがあったので、それを以下に記します。

確かに「報酬」など関係無しに仕事をしている「瞬間」はある

私はフリーランスで設計の(ような)仕事を始めて既に九年目です。いつも書いています通り、サラリーマン時代から(細かいやり方などは時代の変移により色々変わりますが)基本的に同じ仕事をずっとしていて、その仕事が心底から好きだと感じていてずっと(約二十五年)続けています。

そんな私は、やっぱり「報酬」とか関係無しに好きな仕事に「没頭」している瞬間というのは、必ずあると改めて思います。なんせ「好きでやっている仕事」ですので、その中でも特に面白いと感じている部分などでは、全てのことを忘れて「それを考えることに没頭している」瞬間というのは、必ずあるように思います。

「瞬間」の話なのか「長い目」で見た話なのか

サラリーマン時代は別ですが(下記に記します)、現在のフリーランスになってからで言えば、確かに「瞬間」で考えれば上記の通り「金勘定など抜きで仕事に没頭している」時はあると言いつつ、一定のロングスパン(最低でも年単位)で考えれば、十分以上に自分で満足出来る収入が得られているのも事実です。

と言う訳で、「時にはお金など度外視して仕事に没頭すべき時もある」と言ってみても、最低でも一年単位で見れば十分な報酬を得られているのか、それとも恒常的に「低収入」に悩まされているのかでも、捉え方は随分と違ってくるように思いました。

自分の「立ち位置」にもよる

今でこそ上記の通り自分で満足が得られる収入を得ていますが、サラリーマン時代は現在と同等かそれ以上の時間を働いていましたが、収入は現在の半分程度しかありませんでした。ようは大半を「サービス残業」として長時間労働をこなしていた訳です。

しかしながら、どちらかと言えば自ら積極的に長時間労働をやっていて大した不満も無かった訳ですが、一つはまだまだ「修行の身」と思っていたし、かつやった分だけ技術力が自分に蓄積されているという感覚が明確にあったので不満に感じなかったのだと思いますし(と言う訳で蓄積されている感覚が徐々に薄れ周囲の期待に応える為という色合いが色濃くなってくると共に不満も大きくなっていったと今から思えばそのように思われる)、もう一つは独身時代の話であり交友関係も少なく無趣味な私は費やす時間が「仕事の為ばかり」でも特段困らなかったという側面もあると思います。

と言っても、どちらが大きな要因かと言えば、やはり「技術力が自分に蓄積されているという感覚が明確にあった」部分のほうが大きな要因だと思います。当時は別に「独立したい」とか全く考えてませんでしたが(現にサラリーマンを辞めた後は独立せずに小さな事務所への勤務の道を選んだ)、それでも自ら明確に技術力が身に付いていることが実感でき、またそれに伴い社内の上の人たちや顧客からの自分に対する評価が上がっていくことも明確に実感出来ていたことは、「無報酬で働く」という部分での心の満足度を上げることの大きな要因であったように思います。

自分の積極性と、「他人に勧められるか」は別問題

これは独身のサラリーマン時代(≒二十代)には全く思わなかったことなのですが、三十代になり結婚し、特に子供が生まれてからはより強く思うようになったことを以下に記します。

確かに私は一般的な方よりもかなりの時間を仕事に費やしてきたと思いますし、またそれが収入に繋がったり生き甲斐を感じながら今でも仕事を続けられているという意味で「実を結んでいる」とも思っています。

しかしそんな感じで自分が上手くいっているからと言って、「誰にでも勧められる生き方か」と考えれば、それは違うのだろうと今では確信的にそのように思っています。

人生における「仕事の位置づけ」は人それぞれでしょうし、また例えば普通の勤務時間プラス残業の部分が百時間とかそれ以上になってきた時に、そこをバリバリ働いて実力を身に付けていける人(=若い時の私)は今でも普通に居るのかも知れませんが、逆にそのような環境だと心身が疲れきってしまって「仕事を身に付ける」という意味で逆効果になってしまう人だって普通に居るのだろうと思っていますし、労働基準法などの観点からの現在のトレンドを考えたら、間違っても「誰にでも勧められる」ような生き様では無いのだろうと今では思っています。

おわりに

今から思えば「長時間を仕事に費やす」という観点では(現在のトレンドだけでなく自分が若者だった当時から考えても)私のほうが「特殊」なのであって、普通の人なら「そこまでやらないのだろう」と自ら思っているからこそ、どこにも属さず誰とも組まない「一人きりのフリーランス」という形態に行き着いたのかも知れないと、そのようにも思う次第です。