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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

「夫が育児をしない」の『育児』の内容とは?

以下の記事を読みました。

headlines.yahoo.co.jp

「育児」と「子育て」

この手の記事を読んでいてたまに思うのは、「夫が育児をしない」という論調の『育児』という部分は、どのような内容を指しているのだろうか?と思うことがあります。

辞書サイトなどで調べると、就学前の乳幼児を育てることが「育児」なのであって、それ以降のいわゆる「子育て」とは言葉が分かれているようなので、そのような意味なのかな?とは思うのですが、仮にそうだとしたら、上記記事などで取り上げられる「『育児』をしない夫」と言うのは、子供が乳幼児の間「だけ」は育児に参加しないが子供が小学校に上がれば「子育て」には普通に参加する夫、という意味なのかな?と考えると、それだと文脈(記事の文章全体)と合っていない気もします。すなわち、子供が小さな間の「育児」だろうと大きくなってからの「子育て」だろうと、あまり関わろうとしない夫に対する「妻の不満」を述べているのかな?とも思う訳で、その部分が曖昧であるというか「はっきりしないのでスッキリ分からないな」と感じる訳です。

乳幼児期間を過ぎてからのほうが圧倒的に長い

よくよく考えると、子供が「本当に小さい間」すなわち乳幼児であるのは生まれてから六歳までである訳で、二十歳で成人するまでの二十年間を「育児や子育ての期間」であると考えれば、「本当に小さな子供の世話」の期間は終わってからのほうが圧倒的に長い訳です。

実体験では、子供が幼稚園児の頃はまだまだ出来ないことだらけですが、トイレに自分で行けるようになっているだけでも赤ちゃん(乳児)の頃とは「手の掛かり方」は全く違うという印象でしたし、小学生になると「世話をする」という感じが無くなってきて「付き合う」という感じになってきます。例えば妻が居ない時には私が子供を遊園地などに遊びに連れて行ったり、病院に連れて行ったり、もしくは家で二人で居る時は簡単な食事を作って食べさせたりとかする訳ですが、小さな頃のように「付きっきりで世話している」という感じは全く無い訳です。

そして「世話」とは別の観点の、例えば勉強を教えたりとか、部活の出来事の聞いたり簡単な相談を受けたりとか、そのようなものが段々と増えてくる訳です。

例えば本日なら日曜日ですが、妻は仕事に行っており、息子は午前中だけ部活で、私は家に居まして仕事(フリーランス)をしているのですが、息子が昼に帰ってきたら簡単にご飯を作って食べさせて、それから勉強を見たり一緒にゲームしたりして夕方まで過ごして、それからばあちゃんの家(近くに住む私の両親のマンション)に息子と二人で出向いて、そこで妻と合流する予定となっているのですが、そのような子供との関わり方は「子供が本当に小さかった頃」とは全く異なるのです。

そして、私の実体験はここまでですが(息子は現在小学四年生)、これから高学年になり、中学生になり、高校生になって、二十歳になるまでには、子供との関わり方は大きく変わっていくのだろうと思います。

おわりに

私自身、子供が赤ちゃんの頃は子供と遊んでやれるくらいで、妻を手伝えることなんてあまり無かったように思うのですが、子供が幼稚園児になり小学生になると、遊ぶだけでなく「世話をする」「面倒を見る」という部分でも参加できる部分は増えてきた訳でして、そして一年ほど前から妻も仕事を始めた(独身の時と同じ業界での再開)のですが、妻が私に対して満足しているのか不満を抱いているのかは分かりませんが、どちらにしてもそのような一定期間のトータルで考えているハズであり、間違っても子供が赤ちゃんだった「ほんの一時期」の期間のことのみを切り取って判断していることは、まず無いように思います。

まだ子供が小さなご夫婦で「夫が育児に参加してくれない」とご不満を抱かれている妻の立場の女性が居たとして、私が言いたいことがあるとすれば、「子供が本当に小さい(乳幼児の)期間というのは長い目で見れば『ほんの短い間』なのですよ」と言うことと、「家事とか小さな子供の世話とかが苦手な男性であっても、子供が少し大きくなったら普通に父親として関わる(子育てに参加する)人も普通に居るものかも知れませんよ」という二点となります。

冒頭で紹介した記事を読みそのようなことを思いました。