読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

大病(真珠腫性中耳炎)をして改めて思った、「妻」の有り難さと「子供」の可愛さ

(2017/04/19追記:PCにて見栄えなど修正しました(追記終わり))。

自身の病気の手術は数日前に無事に終わりまして、現在、ベッド上で安静中です。

病気の件はまた改めて詳しく記しますが(予定)、真珠腫性中耳炎という病気でして、それほど簡単な内容では無い上に、病状の程度も酷い部類だったらしく、手術は全身麻酔で六時間ほど掛かりました。

手術後に目が覚めてから、意識はずっとあるのですが(基本的に記憶は残っています)、耳の奥底を触り(耳たぶの後ろを切開して骨に穴を開け、そこから耳の奥に入ります)、一部の欠損を認めながら「悪いモノ」を除去するような手術ですので、後遺症として酷い「めまい」がありました。

それは日常生活で時々目がまわったりするものとは全く次元が異なりまして、最初はベッドに寝たきりで「少し喋れる程度」の状態でした。しかし数日で急激に回復しまして(数日で急激に回復するのは想定通りです)、現在は歩きさえしなければ(ベッド上で体を動かす程度なら)、めまいはほとんど感じないところまで回復しています。

なお、今は歩こうと立ち上がると強いめまいがして普通には歩けないのですが、これも大半は「術後の後遺症」ということである程度は回復するだろうと考えてはいますが、手術前の状態まで完全に回復することは無いだろうと覚悟もしています(耳の中の一部機能を失っているため)。

と言う訳で、大好きなクルマの運転が出来るようにまで回復出来るかな?なんて不安に思ったりもするのですが、今このブログが書けるくらいなので、自宅でフリーランスでやっている仕事(ほぼ全てPCでの作業)のほうは大方は大丈夫だろうと少し楽観的に考えています。

※ ※ ※ ※ ※

手術が終わってから、妻は今のところ毎日病室に来てくれています。家の用事や子供の世話もしながらなのに、有難いなと思っています。

身の回りの世話をしてくれたりという部分ももちろん有難いのですが、やっぱり精神面の部分というか、「オレは一人きりで頑張っているのではなく、この人と二人で頑張って生きていくのだな」と感じられるような部分に有り難さを感じたのだろうと思います。

特に手術が終わって一日目の頃は、意識は完璧に普通に戻っているのに「めまいはメチャクチャ強い」という状態なので、一体どの程度まで回復出来るのか凄く不安だったのですが、そんな際の「妻のサポート」は大変有り難かったのだと思います。

※ ※ ※ ※ ※

で、私の顔色を見ながら妻は話しかけてくれるのですが、日常的な生活の話も多いのですが、そんな話の中の一つに、息子(小学四年生)が妻のお手製オムライスをメチャクチャ楽しみにしていて、その日の夕食で作ったら息子は山盛り食べた、というような話がありました。

そのオムライスの姿と、美味そうに食べる息子の顔が思い浮かんだ時、涙が出そうな感じの幸福感を感じました。

「自分は幸せな結婚をして幸せな家族と生きているのだな」と改めて思いまして、それは当たり前のことのようで、大変有り難い人生の幸福なのだろうと改めて思いました。