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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの男です。色々と思ったことを記します。

妻子にとっての「夫・父親」は自分しか居ないという話

(2017/04/19追記:PCにて見栄えなど修正しました(追記終わり))。

本日も入院中の病床にてケータイより更新致します。

前回のブログでは、仕事に関して、

「私にしか出来ない」(他の人では代わりが出来ない)仕事をする

というような意識は大切だが、究極的に言えば、どれだけ「オレが居ないとダメだ」なんて思っていても、ほとんどのケースにおいては「居ないなら居ないで何とかなる」ものではないか?と書きました。

従って例えば手術入院が必要な病気になるなどした時くらいは周囲に甘える形で「仕事に穴を開けて」も良いように思いますし、またそういうことがあっても仕事の「信用」が途切れないようにするという観点からは、元気な日常時においては、高い意識で良い仕事を続けておき、相手から「代わりはそうそう居ない」「事情があって離脱した場合でも早く戻って欲しい」と思われるような仕事を続けておくことが大切なのだろうと思います。

どちらにしても、余程特殊な仕事でもない限り、究極的には「居ないなら居ないで何とかなる」のだろうと思います。

※ ※ ※ ※ ※

フリーランスの仕事を長年続けてきて、今回の手術入院で仕事の「穴を開ける」際に上で述べたようなことを思ったのですが、仕事とは全く別にプライベートでは私は妻にとっての「夫」であり息子にとっての「父親」である訳ですが、こちらに関しては仕事のように「代わり」が居る訳では決してなく、原則的に「私しか居ない」ということに改めて気づきました。

考えてみれば「極めて当たり前の話」なのですが、入院という「家族と強制的に離れて過ごす出来事」を経験して、改めて強く認識したのだと思います。

息子はまだ小学四年生ですし、「自分の責任は重大だな」みたいな気持ちもゼロでは無いのかも知れませんが、基本的には「自分のような男でも、そんな家族(妻子)を持つことが出来ている訳だから、有り難い話だな」というような思いは常日頃から持っていますが、今回のことでそのような部分も「より深く実感した」のかも知れません。

手術の後遺症の「めまい」がどの程度まで回復するのかはまだ分かりませんが、出来るだけ回復して、これからも妻と息子と三人で、力強く生きていきたいと改めて思いました。