kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

仕事は「人生の楽しみ」と感じて約二十五年働き続けている私が思うことを書いてみた

昨日も以下の記事を参照した上でブログを書いたのですが、本日も取り上げます。

news.livedoor.com

ちなみに私(45歳男性)は新卒でサラリーマンになって以降約25年間、基本的にずっと同じ仕事をしています(設計のような仕事)。現在はフリーランスで一人でやっており現在九年目です。

仕事は「人生の楽しみ」なのか、それとも「苦役」なのか

上の記事より、以下(囲みの部分)を引用致します。

城南信用金庫元理事長の吉原毅氏がこう話す。

「私も若い時は残業や休日出勤も相当しました。肉体的には大変でしたが、その分、仕事を成し遂げた時の達成感や、成長したと感じられる満足感も大きかった。なので、長時間労働も苦ではなかったですね。

私にとって仕事は楽しいものですから、それを国に制限されるのはどうかと思います。

労働時間を短縮しろというのは、仕事は楽しくない苦役だから減らしましょうという思想だとしたら、仕事を再び楽しいものに戻すことが『働き方改革』の目指すべき方向性なのではないでしょうか。

ではなぜ、仕事が楽しいものではなくなってしまったのか。一つは職場の人間関係がギスギスしたものになってしまったこと。

もう一つは仕事の目的が儲けることだけになって、本来の目的である社会の役に立つという部分が希薄化してしまったからです。

利益を出すことは企業の大切な目的ですが、それは社会の役に立つことが大前提。こうした前提を欠いたまま、残業時間だけを減らしたとしても、根本的な問題解決とは言えません」

と言う訳で、昨日書いたブログをはじめ今までに何度も書いておりますが、私は新卒で働き始めてからずっと「仕事を好き」でやっていますし、長時間労働もどちらかと言えば自ら進んでやっています。そのような意味では、上で引用した意見を言われている方と、立場的には同じだと思います。

しかしながら、上で引用した意見は、私の解釈ですが「仕事は基本的に苦役ではなく楽しいものなので、苦役と感じるような風潮が蔓延しているのであれば、人間関係などを改善することにより、苦役ではなく楽しいものと感じるように改善すべき(改善出来る)」という風に読めたのですが、私としてはこのようには思いません。

すなわち、上の意見を述べられている方や私にとっては「仕事は楽しい」ものですが、逆に仕事(労働)は出来るだけやりたくない「苦役」だと考える人も一定数(極少数派などではなく一定数)居るのではないか?と今まで色んな人の「働く姿勢」を見てきたり、もしくは話を聞いてきたりした経験から、そのように率直に思うのです。

人それぞれの価値観とか、もしくは職種によっても、感じ方は大きく異なるのだろうと思います。私自身、現在やっている仕事に限って言えば「仕事は楽しい」とずっと感じていると断言出来ますし、また別の業界であっても似たような仕事なら同様の生き様になっていただろうとも思いますが、全く異なる業種でどのような仕事であっても「現在のように楽しく感じていたか?」と自問したら、そんなもの分からない(楽しかったかも知れないが違うかも知れないし分からない、という意味です)としか言えないと、自分でもそのように思っています。

どうして「仕事が楽しい」と感じるようになったのか?

私の父親は観光バスの運転手でしたが(かなり前に定年で引退しています)、私が子供の頃に、自分の仕事に関して楽しいと思っていたり、やりがいを感じていたり、もしくはお客さんから喜ばれる為の工夫を凝らしていることなど、そのような話をかなりの頻度で色々話してくれまして、また私もそのような話を聞くことが好きでした。

その経験は、私自身が基本的な思想として「仕事を通じて誰かの為に役立ち相手に喜ばれることは嬉しいこと」「お金を貰って働く限りは創意工夫をして出来るだけ役立てるようにすべきだし、またそれを考える部分が仕事の醍醐味でもある」というような考え方を持つに至ったことに、かなり大きく影響しているのだろうと、今になってはそのように思います。

また就職する際、基本的に給料の多い少ないはあまり考えず、「どのような仕事が自分に向いているか?」を最優先に考えて、現場や出張など外に向けて出歩く機会が多いような仕事よりも、椅子に座ってじっくり考え続けるような仕事が向いているだろうと思って現在の職業を選んだのですが、それは非常に良い選択だったのだろうと今になってはそのように思っています。

実は設計をする「対象」は自分が望んだものとは異なり、全く興味も関心も無かった対象の部署に配属されたのですが(希望とは異なる配属だった)、当時は既に上で述べたような「基本思想」を有するに至っており(学生のバイト時代で完全に身に付いていた)、望まない配属だったとは言え働き続けるのであれば誰にも負けないと思えるほど仕事を覚えて役立てるようになるべきだし、そうなれないのなら潔く辞めるべきだと、そのように強く思っていました。

それに加えて考える「対象」が思っていたものと異なるというだけで「椅子に座ってじっくり考え続けるような仕事」という部分は同じである訳ですから、それはやっぱり自分にとっては「かなりの得意分野」だったようで大した苦痛は感じませんでしたし(もちろん納期などのプレッシャー等はありますが基本的には楽しかったという意味)、頑張って仕事を続けていると(それこそ上の人にお願いして自ら多くの仕事に関わり進んで残業や休日出勤をしていました)、かなり早い段階から社内や顧客の良い評価が聞かれるようになり(顧客の意見は直接は聞きませんが営業を通じて聞こえてきます)、楽しさややりがいも感じるようになり、そのまま現在に至っている次第です。

「仕事を楽しく」続けられてきて良かったと思うこと

余程の資産家でも無い限り、普通の人なら「働かないと食ってはいけない」訳で、もちろん私もその内の一人なのですが、そういう意味では「絶対にしなければならない義務である労働」を、毎日嫌々しているよりかは「楽しい」と思ってやっているほうが、人生楽しいに決まっているし、そちらのほうが良いに決まっているのだろうと個人的にはそのように思っています。

恥ずかしい話、私は勉強が嫌いでしたので、例えば学生時代なら、休み明けは「今日から学校か…」と憂鬱であった訳ですが、これが社会人になり働き出してからは基本的に休み明けも「今日から会社か…」と憂鬱に思うことは(体調などの理由で絶対では無いですが)基本的には無い訳で、休み明けに一々憂鬱になるような「苦役」として仕事を続けるよりも、そうではない「楽しいこと」「やりがいを感じること」として仕事を続けるほうが楽しい人生に決まっていると、個人的にはそのように思っています。

また、仕事を頑張っていると任される仕事の内容や置かれる立場(私はフリーランスで立場も何もありませんが、そういう意味ではなくプロジェクト全体の中での立ち位置)により、「自分の仕事がいかにして社会の役に立っているのか」というような部分がはっきり分かるような感じの充実感もずっと感じることが出来ているのですが、それは「頑張って仕事をする」ことと「仕事が楽しく(充実感を)感じる」という部分が「車の両輪」の関係にあるような気もしています。すなわち、頑張っているからこそ、それなりの立ち位置で仕事をさせてもらえるのかも知れないと思う、という意味です。

どちらにしても、現在は自分の性格や生活スタイルに合わせてフリーランスとして自宅で仕事をしている訳ですが、それはある意味「わがまま」でもある訳ですが、そんなわがままを通していても一定の稼ぎがあるのは自分の「技術力」が背景にあるからというのは間違いの無い事実であり、そのような「技術力」を苦役ではなく「楽しく」身に付けて来れた訳ですから、そのような仕事人生で良かったと心底から思っています。

長時間労働というマイナス面について

以上、良かったと思うことばかりを書きましたが、逆に「一般的には『マイナス評価だろう」と我ながら思う部分を書いておくと、それは長時間労働の度合いが半端では無かった、ということです。

サラリーマン時代は「(休日出勤を含む)一ヶ月の残業時間が100時間を超える」ことは当たり前のことでしたし(と言うか最も繁忙な時は有り得ないような時間数になってました)、フリーランスになり年齢も40代になった今でも若い頃ほどでは無いにせよ、世間一般と比べれば十分に長時間労働だと思います。

特に若い頃は周囲の同世代の大半が青春を謳歌するような感じで楽しんでいる中、黙々と仕事をし続けていた、という感じであったことは紛れも無い事実です。

またサラリーマンを辞める頃(30歳の頃)、明らかに過労が原因だろうという感じの体調の崩し方もしていますし、その当時に発症した「パニック障害」は、それから約15年経った今でも「生活にほとんど影響しないほどほんの少し」ですが影響も残っているように思います(飛行機や船に乗れないなど)。

私としてはそれを差し引いても「仕事を楽しく(嫌々ではなく)続けることが出来ていること」「身に付いた技術力を背景にして好きなスタイルで働き十分な所得が得られていること」など余りある「メリット」を享受できていると思っており後悔などは全く無いのですが、上で述べたような「長時間労働の弊害」は世間一般で言えば普通に「マイナス面」だと思いますので、最後に記させて頂きました。

おわりに

私自身は少し変わっているのか、周囲の人がどれだけ遊んでいても自分が仕事をし続けていて苦痛には思いませんし(と言うより全ての事柄においてですが、周囲が○○だから自分も××のような思考をすることがほとんど無い)、そのような人間なので仕事もフリーランスなのだと思いますし(昔ほどでは無いのでしょうか今でもサラリーマンと比べると特殊な(珍しい)立場であるように思います)、更に全く関係ない話をすれば乗っているクルマがMT(マニュアル)車であることも「今の時代は」とか「周囲の人は普通は」とか考えないことの帰結なのかも知れません。

そんな訳で、私ほど仕事に傾注した人生を送ることが「一般的」などとは間違っても思っていませんが、その「程度問題」は別として、基本的には「仕事が苦役であるよりも、楽しいことであるほうが、人生が楽しいのではないか?」という部分は、皆が皆では無いにしても一定数の人には当てはまるのではないか?と、そのように改めて思いました。