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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

自分よりも仕事が「好き」な人には勝てない

はじめに

昨日から堀江貴文さんの「99%の会社はいらない」という本を読んでまして、まだ半分しか読んでいないのですが、別に書評を書く訳ではありませんので半分の時点でこのブログを書いているのですが、率直に思ったのは「この人は心底から仕事が好きなのだろうな」ということです。前々から思ってましたが改めて思いました。

「『好き』なことをやりましょう」の意味が凡人と違う

普通の人だと「好きなことを楽しみましょう」と言えば、仕事ばかりしていないで趣味など自分が楽しいと思うことも出来るだけやって人生を楽しく過ごしましょう、みたいな意味になると思うのですが、堀江貴文さんの場合は「好きなことを仕事にして、また仕事は一つに限定せずどんどんと好きなことを仕事にしていって楽しく働こう」というような意味になっているように感じました。実際にいくつもの事業をされており、また執筆やメディア出演などもされています。

そして、寝ている時間以外の「やっていること」のほとんどが「仕事」に関わるものになっている訳で、また移動中などであってもブログやツイッターなどを書いたり、もしくはメールの類を読んだり、ニュース記事をチェックしたりということも全て「仕事」の一環としてやっているように思われました。そして、忙しいとは感じるけど好きなことなので楽しい訳であり「苦痛」は全く感じないそうです(と本を読んで私は解釈しました)。

それが本当だとすると(本当なのだと思います)、「寝ている時間以外はずっと仕事に関わる作業をしているか、仕事のことを考えている」訳であり、しかもそれを嫌々ではなく楽しんでやっておられる訳ですから、そんな人に「凡人」が勝てる訳も無ければ、そもそも「近づく」ことさえ絶対に出来ないのだろうと、「凡人」の私は改めて思いました。

自分の「ご都合主義」に改めて気づく

私はあくまで「凡人」ですが、凡人の中では「仕事が好き」なほうだと思います。仮に現在やっている仕事(新卒から基本的にずっと同じ仕事(設計のような仕事)をしています)以外の職に就いていたらどうだったのかは自分でも分かりませんが、「たられば」の話は置いておいて、現実に現在やっている仕事に限って言えば、はっきり言って「仕事が好き」です。世間一般よりかはかなり長い時間働いてきましたし(現在だけでなくサラリーマン時代も同様)、しかもそれをあまり苦痛には感じず、どちらかと言えば自ら進んでやってきたように思います。

現在はフリーランスでやっていますが(九年目です)、安定して仕事があることや(仕事が無くて困ったことは一度もありません)、平均と比べて高い所得を得られていることなどを考えれば、「好きで頑張って情熱を注いで働いてきた」ことが十分に報われているという感覚もあります。

そして、あまり労働意欲が無いと言うか、仕事は何の為にやっているのかと聞かれたら躊躇い無く「お金の為に決まっている」「宝くじが当たったらいつでも辞める」という感じで答えるようなタイプの人に対しては、反感のようなもの(反感は言い過ぎかも知れませんが違和感のようなもの)を感じることは事実です。「今の仕事が嫌なら、自分が好きで頑張れる仕事に変えて、楽しく社会貢献しながらお金を稼いだほうが、人生楽しいでしょうに」なんて思ってしまう訳です。

しかしながら、では私は堀江貴文さんほど仕事が好きかと言えば、決してそんなことはなく、仕事は好きなほうだと言いながら、例えば結婚して妻も子供も居て家族団らんする時間も好きですし、またこうやって仕事(=報酬を得る)とは全く無関係なブログを趣味で書いていますし、またクルマも好きでドライブに行ったりもします。

例えば堀江貴文さんレベルで仕事が好きでずっと仕事をやっている人から、まあ家族団らんは別としても、「趣味のブログとか、ドライブとか、そんな非生産的なことをやる時間があるのだったら、何か仕事(=世の中に役立つ付加価値を生み出しながら自らの報酬を得る行為)をしたほうが良いのでは?」と言われれば、返す言葉も無い訳です。

そのように考えると、自分がそう言われたら「そこまで仕事ばかりは嫌だし、やっぱり趣味のブログやドライブも続けたい」と思うのに、自分よりも仕事の位置づけが低い人に対しては上で述べたようなことを思うのは、まさに「ご都合主義」だなと、我ながら改めて気付いたのでした。

しかし「収入の最低ライン」を意識することは必要と個人的には思っている

しかしながら、ではどれだけ稼ぎが悪くても、飢え死にしない程度に細々と食べていけたら最低限O.K.かと考えると、それは違うのだろうと今でも思います。

いつも書く話なのですが、仕事による稼ぎというのは「税金の源」であり、そしてその税金は国防、医療、福祉など大切な公的サービスを維持する為の「原資」である訳です。

例えば本当に好きなことをやりながら「飢え死にしない程度に細々と食べている人」が居たとして、そういう人が大きな病気や怪我をして働けなくなったら、自らの蓄えも十分では無いでしょうし、更に頼りに出来る身内なども居なければ、最終的には生活保護などの「福祉」で救済するしか無い訳です。

その原資が税金であり、かつ福祉の他に国防や医療やその他の様々な公的サービスがあることを考えれば、日本国民の全てが「飢え死にしない程度に細々と食べていける程度にしか稼がない人」(=累進課税という現在の税制においては、かなり僅かな税負担しかしない人)になってしまえば、国が立ち行かなくなることは自明の理であると思います。

もちろん、人の生き様は自由ですし「飢え死にしない程度に細々と食べていく人」の存在を否定する気持ちは無いのですが、私の個人的な考え(価値観)としては上記のように思いますので、自分自身はフリーランスになるなど比較的好き勝手にやってきたほうだとは思いますが、常に「きちんと稼げているか」は意識しています。すなわち、「どれだけ稼げなくても、好きなことをやることが最優先だ」とは決して考えないという意味です。

では、どの程度稼げば十分なのかと言えば、「世間一般としての数値(金額)」を設定するのは簡単なことでは無いと理解していますが、私の個人的な勝手な設定としては、よく報道などされる「学歴、年齢別の平均年収」を最低ラインとしています。

私は稼ぎを最優先でやっている訳ではありませんし、稼ぎよりも「技術者としてのこだわりを優先する」ことは多々あるのですが、それは上記の最低ラインを十分に超える所得があるからそのようにやっているのであって、仮に今後何かの事情でそれを下回るようなことがあれば、それは(上手く行くかどうかは別として)何か対策を考えると思います。

おわりに

最後は本題から話が逸れてしまいましたが、今回言いたかったことはタイトルの通りなのですが「自分よりも仕事が「好き」な人には勝てない」ということに尽きるのだろうと言うことです。

従って私が堀江貴文さんのような起業家になれることは有り得ないですし、それは私だけでなく大半の日本国民がそうなのだと思います。

しかしながら、「凡人」レベルの世界の中で言えば私は「仕事が好き」なほうであり、その結果、サラリーマンの下積み時代はサービス残業が多かろうと何だろうと「その仕事が好きで楽しい」訳ですから大した苦痛は感じずスキルを身に付けることが出来ましたし、結果的にそのスキルのお陰で独立して好き勝手なスタイルで働いていても十分に食っていけるほどの稼ぎが得られる訳ですから、「仕事が好きで良かったな」と改めて思う訳です。

仕事が好きになれるか否かは最初に「好きな仕事に就けるか」以上に、働き出してからの自らの意識や態度による影響が大きいような気がしています。現に私が新卒からずっと現在までやっている仕事(設計の対象)も学生時代に望んだものとは全く異なります(配属が希望と異なった)。すなわち働き出してから「誰にも負けないほど仕事が出来るようになりたい」と強く思い頑張りながら好きになったものです。

かと言ってそもそもの「適性」の問題もあると思います。例えば私なら「設計」的な仕事であればどんなジャンルであってもそこそこやっていけただろうと自惚れかも知れませんがそのように思っているのですが、例えば人付き合い等が得意では無いのに接客業的な「商売」の道で上手く行く訳がありませんし、また大きな会社で管理職に上がって行きながら「人(部下)やお金を管理しながら全体を俯瞰していく」みたいな立場も向いている訳が無いと自ら確信的に思っています。ちなみにサラリーマンを辞めた理由も「管理職にはなりたくないし、歳を取っても現場で職人的な技術屋を続けていたい」と思ったからで管理職に上がる直前で辞めました。

と言う訳で、特に今の若い人に言いたいことがあるとすれば、これは堀江貴文さんの意見と似ているかも知れませんが、自分が勤めている会社の規模や安定感、もしくは自分の見栄とか給料など様々な要素があって当然だとは思いますが、やっぱり「自分の好きなことで、かつ稼げることを仕事にする」ということが、長い目で見れば一番大切かも知れませんよ、ということになります。これは最終的に独立、起業するのか、それともサラリーマンを続けるのか、どちらであっても基本的に同じことだと思っています。

以上、「自分よりも仕事が「好き」な人には勝てない」ということに関して記しました。