kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

別に「飲み会」が嫌いでも仕事で損をすることなんて無い、という実体験

はじめに

以下の記事を読みました。

headlines.yahoo.co.jp

最後のほうで改めて書きますが、上のような記事は「どのような人を対象にしているか」で妥当性の判断が変わってくるように思います。

すなわち、私(45歳男性)の若い頃(サラリーマン時代)と全く違っているからと言って、「デタラメな記事だ」なんて判断することは安直なのであって、「私の若い頃には当てはまらないけど、そもそも私なんて変わり者なのだから、変わり者でない範疇の方々にとっては当てはまるのかも知れない」と思ったりもする訳です。

以上のようなことから、上記記事を「批判」するつもりは全くありません。単に「私の場合はこんな感じだった」ということを以下に記しまして、上で述べたようなことに関しては最後の「おわりに」で改めて記します。

なお、現在はフリーランスで仕事をしています。以下は若い頃(今から25~15年程前の十年間ほど)に普通のサラリーマンを(中堅企業に勤務)していた頃の話となります。

ほとんど飲み会に参加しなかった私

自分が新卒で入った際に私たち新入社員を歓迎してくれる「新入社員歓迎会」には行ったのですが、そこで何年か上の先輩から「顔を覚えてもらう為に、みんなに酒を注いで回れ」と言われて、「いや、そんなことをやる為に、この会社に入った訳では無いので、僕はやめときます」と言って新入社員の中で私一人だけその行為を断ったのが始まりでした。

いわゆる「上司」の世代の人たちは何も思っていなかったようですが、いわゆる「先輩」の類の若者の人たちから、かなり不評だったようで、他部署でも話題になっていたと後から聞きました。

そもそも、私は当時はお酒はほとんど飲みませんでしたし(と言うか飲み会等が無ければ一人では全く飲まない)、別にそのような席に参加したい訳でもなく、更には周囲の人たちも私の振る舞いに不快な思いをするのであれば、私が参加しなければ皆が幸せなハズです。

と言う訳で、それでも一年目の間は少しは参加していたような気がしますが(忘年会など要所要所にあるもの)、二年目以降は本格的に仕事が面白くなってきて、本当に参加がムダだと感じましたので、新年会や忘年会などそういった類のものも含めて、「原則として参加しない」方針で退職まで通しました。新年会や忘年会の時は部署の人たちが皆で定時になったら出て行きますが、自分は一人で会社に残って仕事をしてましたし、それで上司に何か言われることも、最初の内はもちろんありますが、その内に「それが普通」となりますので何も言われなくなりました。

ちなみに私が退職する際の「送別会」も断りましたし、どうしても会食したい相手とは個別に会食しました。

「飲み会」で無くとも「仕事のコミュニケーション」は普通に出来る

上記記事から引用します(以下の囲みです)。

では、会社に居場所がある人とない人では、何が違うのでしょうか。それは、どれくらい職場の人との関係性を深められているかによります。そして、その格好の機会が、業務時間外に職場の人と一緒に食事をすることなのです。大学生の頃の、サークル活動を思い浮かべてみてください。あの手この手で誘われて、まずは飲み会に行きませんでしたか?  何度も共に食事をしながら、関係性を築いていった記憶がある方も多いかと思います。

記事を批判するつもりは無いと言いながら、さすがにこれは「仕事はサークル活動(遊びの延長)ではなく仕事です!」と言いたくなってしまいます(苦笑)。

私は一年目から仕事の実力がありそうと部署の上の人(いわゆる部長)に認められ(もちろん認められるのに「回りと同じように普通に振舞っていた」訳では無いと今になっても思いますが今回はその内容は省略します)、早い段階から比較的内容のある仕事を任されていましたが、それから二年目が終わるまでは確かにメチャクチャ働いて(普通では考えられないような労働時間です)スキルも身に付きましたが、全て「個人プレー」的な、専門職的なスキルが身に付いていただけで、複数名でもっと大きな仕事を回していく際のスキルなどはまだまだでした(そういう部分は上の人に頼り切っていた)。

それまでは上で述べた「部長」の直属という感じで働いていたのですが、三年目に入った時に、部長と私の間に直属の課長となる人が転勤でやって来まして、またその年の新入社員の一人が自分の下に付き、結局その三人体制(課長、私、後輩)が三年間ほど続いて、その三年間でかなり多くのことを学ぶことになりました。

その時には既に私は「飲み会に全く参加しない人」だったですが、では飲み会に参加しないから人間関係が築けず、仲間意識も生まれないのかと言えば、そんなことは有り得ない訳でして、何故なら私は「夜の飲み会に参加することが嫌である」だけであり、日中に雑談したり、昼ごはんを毎日一緒に食べに行ったり、そういうことは普通に好きな(嫌いでは無い)人間なのだから、下に付いた後輩とは毎日のように昼ごはんを食べに行きましたし、上の課長とは周囲から「お前ら友達か!」と思われるような感じで定時中でも普通に喋ってましたし(課長も後輩も私が性格的に合う人たちだったということもあると思います)、そんな感じで毎日毎日過ごしているのに、「たまに」ある飲み会が不参加だからと言って、仕事上で必要な「人間関係」が築けないなど有り得ない訳です。

そんな私からすると、飲み会を含む「全てのコミュニケーション」が苦手なのであれば問題なのかも知れませんが、飲み会「のみ」嫌いな分には何の問題も無いように思いますし、今回の記事がそうだと言うつもりはありませんが、仮に「飲み会が嫌いな人=コミュニケーション全般の能力が低い人」と定義している人が居るのだとすれば、それは決め付けが過ぎるように思います。

おわりに

私は上記の新入社員歓迎会のエピソードとか、もしくは少し前にも記しましたが当時は皆が皆、普通にネクタイをしている中、入社して何ヶ月もしない内に面倒になって、出張に出たりする時以外(=社内に居る際)はノーネクタイになりまして、上司や先輩から「ネクタイしないのか」と聞かれて「ネクタイをする為に会社に入った訳では無いです」くらいの返答をしていましたので、いわゆる「変わり者」と言われれば確かにその通りかも知れません(45歳で子供も居る今になって思うと当時の振る舞いに全く思うことが無い訳でもありません)。

私の心の根底にあったのは、これは今でも明確に思い出せる感覚なのですが、周囲の反感を買わない為に「普通」は飲み会には参加するだろうとか、「普通」はネクタイをするだろうとか、そういう「普通」が極めて嫌いなのであって、自分がムダだと感じかつ、やらなくても直接的に誰にも迷惑を掛けないと自ら判断した行為は「やらない」のであって、その代わりに浮いた時間で目一杯「本業」のスキルを上げていたのです。

そして、「まあ、アイツには何を言ってもダメだし、そもそも仕事はきちんとしている訳だから、何も問題ないね」と上司など「仕事に責任のある人たち」が判断してくれるようになったのは(問題がないどころか、かなり可愛がられたという実感がありました)、本業で成果(売上や顧客の評価)を出し続けたからであって、そしてそれ以外の同世代の人たちの中には私を「疎ましい」と感じている人も居たようですが、そもそもその人たちは私より成果を上げることが出来ていない人たちなので、何を思われようが「何とも思わない」訳です。

そのような部分を振り返ってみると、確かに私は「行きたくも無い飲み会など行かない」などと貫きながらも仕事をする上では何の問題もなく人間関係を築けた訳ですが、その為には「圧倒的な仕事の能力及び結果」が必須だったのかも知れませんし、そしてその為に働いていた労働時間は、恐らく周囲の同世代の人たちの「労働時間+飲み会に参加している時間の合計」よりも恐らく長かった訳なので、言い換えれば「単に飲み会よりも仕事が楽しいので、飲み会に行かず仕事をしていた」だけに過ぎないと言えるのかも知れませんし、そして飲み会より何より「仕事」を優先している人間が会社で「悪い立場」になる訳が無い、という単純な話なのかも知れないな、と今回改めて思いました。

そして、そのような人間が「世間一般」であるとは考えにくいので、普通に「そこまで仕事が好きでは無い」人にとっては、飲み会を全て不参加で「早く帰る」よりかは、たまには飲み会にも参加したほうが良いかも知れませんよ、という意味で上記で引用したような記事は妥当性があるのかも知れないな、とも思うのでした。

ただし、途中でも書きましたが、

「飲み会が嫌いな人=コミュニケーション全般の能力が低い人」とは必ずしも言えないし、たまにある飲み会よりも、日々の日中におけるコミュニケーションのほうが余程重要

と強く思うことは、声を大にして繰り返しておきたいと思います。