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kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

仕事が「楽(たの)しい」のと、「楽(ラク)する」ことは全く違うと思った話

はじめに

随分前に一度同じようなことを書いたことがあるのですが、改めて記します。

引用まではしないのですが、有名なユーチューバーの1日(24時間)の様子を伝えている記事を読んだのですが、平たくまとめると、楽しそうだが労働時間的には滅茶苦茶ハードそうだ、というような内容でした。

それを読み、仕事が「楽(たの)しい」のと、仕事で「楽(ラク)する」のとでは、漢字は同じですが意味は全く異なるのだろうと改めて思いました。

「夢を叶えた職業」だから楽しい訳ではなく、頑張って働きながら好きになる

以前から書いている通り、私(45歳男性)は新卒で就職してから基本的にずっと同じ仕事をしており、最終的にはフリーランスになり現在九年目です。新卒からの通産年数は約25年となります。

ずっと「その仕事が好き」で働いており(設計のような仕事です)、サラリーマン時代も現在も労働時間はかなり長いほうだと思いますが、基本的には「好きで面白いので、寝食を忘れて熱中していると、勝手に長時間になっている」という感じです。

しかしながらその設計の「対象や内容」は、学生時代に自分が目指したものとは全く異なるものでして、全く興味も関心も無かったものでした。ようは希望の配属と全く異なる部署への配属になったのです。

それでも「辞めずに仕事を続けるのなら誰にも負けないほど仕事が出来るようになりたい」とか「周囲の若手の先輩たちにいつまでも偉そうに言われたくない」などと思いながら長時間労働を厭わず、上司に直訴して自ら多くの仕事を抱え、深夜残業も休日出勤も(いずれもほとんどがサービス残業)当たり前のようにしながら仕事を覚えていくと、やはり自ら楽しくなってきますし、また会社の上の人や顧客からの「良い評価」も聞こえてくるようになりますので、相乗効果でどんどん楽しくなり、そしてその(時代の推移により実際に行う作業は大きく変わっていますが根本的には)「ずっと同じ仕事」を約25年間楽しく続けるに至っている訳です。

すなわち、私は幼い頃とか、もしくは学生時代の「夢」を叶えたという色合いは全く無いのであって、百パーセント「働き出してから、その仕事を好きになった」のだと思いますし、そして仕事を頑張る中で比較的早い段階から「楽(たの)しい」と感じるようになりましたが、この約25年間ずっと「楽(ラク)している」と言う感覚はありませんし、今後もそうする気は今のところありません。

少し前に読んだ堀江貴文さんの著書にも似たようなことが書かれていましたが、「体力的にはすごく疲れるほど忙しいとは感じるのだが、その仕事自体は楽しいのだから、減らそうという考えには全く至らない」ということなのだろうと我ながら思っています。

昔は無かった「ユーチューバー」「ブロガー」という職業

そもそも、「ユーチューバー」とか「ブロガー」なんて職業は、昔は存在しなかった職業ですから、(調べずに書いてますが)それを専業として飯を食っている方々だって子供の頃には存在しなかったのだと思いますし、当然ながら「子供の頃の夢を叶えた」という話では無いのだと思います。

しかも「先例」だって極めて少ないか、もしくは皆無なのでしょうから、かなりの部分を試行錯誤しながら自己流で「稼げるスキーム」を作り上げているハズです。

大成して以降の「維持」の段階に入ればまた別なのかも知れませんが、最低でもそれを「作り上げる」過程では長時間労働も含め相当の努力をされているのだと思いますし、まさに「楽(たの)しく頑張って働いているけど、決して楽(らく)している訳では無いのだろう」と改めて思いました。(調べずに書いているので私の想像ですが)。

おわりに

一生食っていけるほどの資産がある人でも無い限り、普通はお金を稼ぐ為に働く必要がありますが、どうせ働くなら「嫌々必要時間をやり過ごす」よりも「生きがいを持って楽しく働く」ほうが良いように個人的には思うのですが、後者のような色合いが濃い人生を送るほど、それが従来のような仕事なのか、もしくは「遊びと仕事の境界が曖昧」な感じの新しい仕事なのかは別にして、生活の中で「何がしか仕事に関わっている時間」が増えていくものなのかも知れないな、と改めて思いました。

そして、そのような生活は決して「楽(らく)」では無いのですが、かと言って「辛い」訳でもなく、根本的には「楽(たの)しい」のであって、生きがいを持って過ごせる充実感のある人生であると、個人的にはそのように思っています。