kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「オートマしか運転出来ないようなヘタクソなヤツには運転させるな」という極論への反論

はじめに

いつも書いています通り私(45歳男性)はMT車(マニュアル車)が大好きでして、ずっと乗り続けて(所有し続けて)二十年以上になるのですが、同時に「妻がオートマしか運転出来ない」者でもあります(従って主に妻が運転する為のオートマ車も所有している)。

主に踏み間違い事故に絡めて「オートマだから事故が起きるのだからMT車にすれば良い」と言った言説があります。最近もニュース記事を目にしました。

ドライバー(=国民)に対して国(政府)などが「MT車に乗ることを強制出来るのか」とか、それが出来ないとして強制ではなく啓蒙活動等でMT車に乗ることを促したとして「新車販売台数の九割以上がオートマ車となって久しい」我が国において有意なほど普及するのかとか、そういうことを考えれば現実性が乏しいとは思うのですが、確かに「踏み間違い事故」だけに限って言えばオートマ車からMT車に乗り換えれば事故を起こす可能性は減るように思います。

しかしながら「全ての事故に関してもオートマ車よりもMT車のほうが安全なのか」と考えれば、それは「人による」のであって、例えばウチの妻にとってはMT車よりも「オートマ車」のほうが安全であると確信的に思っています。ちなみに妻は私と知り合った直後にオートマ限定免許の「限定解除」をしましたので免許の上ではMT車も運転出来るのですが、安全を考えてオートマ車に乗ってもらっています。

たまに極論として「オートマしか運転出来ないようなヘタクソなヤツには運転させるな」と言った意見を目にするのですが、それに対する反論と言うか、特定の相手の言説を取り上げている訳では無いので「反論」という言葉は少しおかしいかも知れませんが、そのようなことを以下に記していきます。

ウチの妻のケース

前述したようにウチの妻はMT操作が苦手です。オートマ限定免許だったものは結婚する前に「何とか」限定解除したのですが、その後に私のMT車で練習しましたが上達しませんでした。

妻がMT車を運転する姿を横で見ていて何が危険かと言えば、MT操作に気を取られて安全確認が疎かになっている点です。オートマ車を運転している限りはかなり良い感じで安全確認が出来ていますので尚のことそのように思う訳です。

車両感覚や車庫入れその他も良い感じですし、MT操作以外は「上手なほう」であると思いますし、たまに誰か他人を乗せた時にそのように言われたことも一度や二度ではありません。

MT操作が苦手というよりも、「一度に多くのこと」をやるのが苦手なのかも知れません。「ハンドル操作と右足のペダル操作」までなら十分に許容範囲だが、オートマ車と比較しMT車は更に二つ、すなわち「左手のシフト操作と左足のクラッチ操作」が増えるので許容を超えてしまうのかも知れません。

オートマ車を運転する妻ですが、間違っても「ながら運転」などしません。それは私の影響もあるのかも知れませんし(私はブログではいつも言葉を選んで書いていますが日常会話では「スマホでゲームしながら運転なんてするヤツは云々」とかなり汚い言葉で罵っています)、そもそも「一度に多くのこと」をやるのが苦手なのでやりたいとも思わないのかも知れません。

オートマ車を運転している限り、普通に上手に安全運転が出来ている訳ですから、それで良いのだと思っていますし、子供が生まれて暫くしてから妻は毎日のように運転するようになり既に五年以上経ちますがずっと無事故を続けている訳ですが、今後仮に「MT車しか運転出来ない世の中」になれば、妻のようなタイプの人たちはクルマの運転を控えることにより日本経済(景気)にとっては基本的にダメージしかありませんし、また「どうしても必要」な場合は苦手なMT操作に気を取られ安全確認が疎かになり周囲に危険を及ぼしながら運転することになる訳ですから、「一体誰が得をする話なのだろうか」と率直に思います。

MT車の操作ミス」を過小評価していないか?

MT車の優位性を過度に挙げている言説というのは負の側面を無視しているケースが多いと感じています。負の側面と言うのは、オートマ車では原理的に起こり得ない「操作ミス」(ヒューマンエラー)が存在する点です。

基本的には「エンスト」と「シフトの入れ間違え」が主なヒューマンエラーだと思っていますが、具体的な状況の描写は不正確になるとマズいので書き控えるのですが、このようなミスを起こした場合、状況によっては非常に危険な状況に陥ったり、もしくは周囲に多大なる迷惑を掛けることは普通に起こり得ると思います。

そのような「操作ミス」(ヒューマンエラー)はオートマ車では起こり得ない訳ですが、逆にMT車の場合は原理的に「誰でも起こし得る」訳です。下で述べるような「故意」による悪質な運転はドライバーの意識次第でゼロに出来ますが、上で述べたような「うっかり」によるミスは根本的にゼロには出来ない訳で、そのようなヒューマンエラーの種類が「オートマ車よりもMT車のほうが多い」という点は強く留意しておく必要があるのだろうと思っています。

「ながら運転」はクルマが悪い訳ではなく無くドライバーの責任

近年ではスマホの普及に伴い「スマホで遊びながら運転」という危険な行為がよく取り上げられますが、スマホが普及する前だって色んな「ながら運転」がありました。テレビを見ながらなんてまだ可愛いほうで、本(雑誌)を読みながら運転したりとか、化粧をしながら運転したりとか、そういった類の運転も何度も見かけたことがあります。

スマホなど「片手で何かを持ったり操作したりしながら」運転するのは非常に危険だと思いますが、確かにオートマ車であるが故、という側面は強いと思います。パワーステアリングの普及によりハンドルが軽くなったので「片手運転」が容易となり(と私は思っています)、それに加えてオートマ車と言うのは原理的に「ハンドル以外の手の操作が不要」である訳ですから、片手運転をしながら余ったもう片方の手で「何か他のこと」をやってしまう人が現れるのは、自然の摂理のようなものかも知れません。

しかしながら、「手数と言う意味では問題なくても、そもそも視線や集中力の少なくない一部を運転以外のこと(スマホなど)に費やすなんて、クルマが鉄の塊であり特に生身の人間(歩行者や自転車など)と衝突すればほぼ一方的に相手にダメージを与えるという特性を考えたら、ながら運転なんて絶対にしてはいけない」と思い踏みとどまるのが人間としての普通の姿だと思いますし、私の妻をはじめ「ながら運転」などせず集中してオートマ車を運転している人も多いのだろうと思っています。

一部の不良なドライバーの為に「ながら運転を誘発するからオートマ車を廃止しろ」と言う論理は、例えばMTやオートマに関わらず「クルマ」自体が乗り方によっては危険である訳ですし、現に不良なドライバーの運転(過度のスピード超過など)により毎年毎年少なくない死亡事故が起きている訳ですから、「クルマなんて乗り物があるからスピードを出したり危険な運転が出てくるのだからクルマなんて廃止しろ」という論理と同一であるように思えます。

実際にはそのような「安全性原理主義」など有り得ず世の中と言うのは利便性や経済性など様々な要因とのバランスにより社会通念として許されるものと許されないものが決まっています。そして社会通念上、「クルマ」そのものの存在が許されるのと同じように「オートマ車」の存在もまた許されて然るべきだろうと思っています。

すなわち、スマホ運転など危険な「ながら運転」に関しては、回りくどくても時間が掛かっても、技術の進歩(防止装置などの普及)や、取締りや啓蒙活動によるドライバーの意識向上により安全性を向上させるべきなのであって、「オートマ車」の存在それ自体が「悪」ということでは無いのだろうと思っています。

おわりに

以上、MT車が大好きな私ですが「オートマ車悪玉論」への反論(のようなもの)を記してみました。私もセカンドカーなどオートマ車も普通に運転しますが、MT車を運転する時と同じ姿勢で(過度にシートを下げすぎない)、しっかりと両手でハンドルを持ち、MT車の時と同様の集中力で運転する限りにおいては特に危険な乗り物だとは思わない、というのが率直な感想となります。