kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「結婚は苦行」なのか?

何が辛く、何が幸せかは人それぞれ

たまに「結婚は苦行」と言うか、辛いものであるということを殊更に強調している言説があります。

一人っきりの人生と比べれば、結婚すれば確かに「一人の自由な時間」とか「一人で自由に使えるお金」は減るかも知れません。子供でも出来たら尚のことです。

しかしながら、では時間もお金も、全てのことを「自分の為だけに」自由に使えれば、それが幸せな人生なのでしょうか?

自分が何とも思っていない人の為に余分な時間やお金を費やすのは確かに「嫌なこと」ですが、では自分が大切に思える相手の為に時間やお金を費やすことも本当に一義的に「嫌なこと」なのか?

それは人それぞれの価値観により異なるのではないのだろうか?と個人的には思っています。

自分の時間やお金を費やすことが全く惜しく感じないような誰かと一緒に生きていける人生というのと、単に一人きりなので全てが自分の自由になる人生の、どちらが自分にとって本当の幸せなのかは、人により異なるのだろうと思っています。

何事にも失敗例もあれば成功例もある

確かに結婚相手を間違えて苦労したり離婚してしまったりする人は居ます。

しかし失敗例があるからと言って全てを否定するような捉え方は決定的に間違っているように思います。

例えば転職で失敗した事例が多数あるからと言って、では「転職という行為自体が間違いか」と言えば、そんなことは有り得ない訳です。

成功例や良い面ばかり聞いて軽く考えるのは間違った行為だと思いますが、逆に失敗例や悪い面ばかり聞いてそのもの自体を否定するのも同様に間違った行為だと思います。

結婚に関しても全く同様だと思っています。

「極論」ではない日常

結婚に関することに限らず、ニュースサイトのトップページに出てくるような言説と言うのは「極端な事例」が多いと感じています。人の目を引いてアクセス数を稼がないと商売として成り立たないのだから仕方ないのだろうとも思います。

しかしながら、結婚生活の平均的な姿と言うのはそのような言説の描写の中にあるのではなく、もっと日常的な部分にあるのだろうと思います。ようは「もの凄く幸せ」と「もの凄く不幸(もしくは離婚)」の中間の、少し嬉しかったり少ししんどかったりという当たり前の日常を過ごしているというケースが圧倒的に多いのだろうと思っています。

そしてそのような日々を積み重ねながら年月が過ぎて、振り返ってトータルで見れば幸せな人生であったと実感する、というものが「結婚生活」であるのだろうと思っています。

もちろん「どのような相手と出会い結婚するか」も大切な要素でしょうが、結婚してからの長い年月をどのように過ごしたのか、相手に求めるだけでなく自分自身もどのように相手を思いやり、工夫し努力したのかも大きく関係してくるのだろうと思っています。

おわりに

私(45歳男性)は結婚して十五年近く経ちますが、結婚して本当に良かったと思っています。

「我慢」という言葉がありますが、確かに結婚すれば元々は他人だった二人が同じ屋根の下で暮らす訳ですから、「自分一人で部屋に居る」のと比べたら些細なものまで含めれば絶対に何がしか「我慢する」ことは生じると思います。

しかしながら、そんな些細な日常的な「我慢」と言うのは、自らの人生における例えば「苦行」と言うような言葉で表されるような苦しいものとは決定的に違うのだと率直に思います。

私が若い頃から「結婚は人生の墓場」というような言葉や言説がありましたが、そのようなものに惑わされず結婚をして本当に良かったと思っています。