kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「肩書きに頼らない生き方」の意味

はじめに

「生き方」と言っても生きる上では色んなフィールドがありますが、ここでは「仕事(稼ぐこと)」に限定して記します。

「肩書き」より大切なもの

たまに「高学歴なのに転職等を機に稼げなくなり現在は貧困」みたいな人のことを取り上げた記事を目にします。

いつも思うのは、高学歴だろうと有名企業に勤務経験があろうと、「仕事をする力」が無ければ稼げないのは当たり前なのではないか?と言うことです。

もしかしたら、若い内は高学歴であることに「期待」されて自分が出来る仕事以上の収入が雇用者等から支払われるという側面もあるのかも知れませんが、歳を重ねても仕事が出来ないままならその「期待」も無くなり十分な収入が得られなくなるのは極めて当たり前の話であるように思うのです。

一定以上の年齢になれば学歴とかどのような企業に勤めた経験があるか等の「肩書き」よりも、「仕事をする力」のほうが大切であるのだろうと私は思っています。

「仕事をする力」とは何か?

職種によって自分が周囲から求められる内容は様々です。また同じ職種であっても会社によって様々に異なるでしょうし、また同じ会社内で同じような配属であっても周囲のメンバー構成の違いなどその時々で求められる「仕事」は千差万別です。極端に言えば「全ての労働者一人ひとりによって異なる」とさえ言えるかも知れません。

求めている相手が社内の上司や同僚なのか、もしくは直接的に顧客なのか、それはどちらでも良いのですが、成果を示すべき相手から少しでも満足が得られるような仕事を遂行する力が私の考える「仕事をする力」です。

相手の言いなりとは決定的に違う

上司なり顧客なり相手が求めるからと言って、それが自らの「仕事をする者」としての良心に照らして考えた時にどうしても間違っていると思う場合は意見し議論しなければなりません。そして時には自分の意見を押し通してでも最終的には相手から「やっぱり君に頼んで正解だった」と満足されるような仕事を遂行する能力が私の思う「仕事をする力」です。

そのように振舞う為には自ら相当の努力をして勉強をして知識を身に付け、また積極性をもって経験を積む必要がありますし、それを踏まえて上で述べたような仕事の姿勢で経験を積み重ねていくことが「仕事をする力を身に付ける」ということなのだと私は考えています。

例えば社内の力学を勘案し上司など誰かの言いなりになることでラクをしながら出世しようなんて態度で若い時を過ごしてしまえば、力学が崩れたり、もしくは会社が傾いたりした時に「路頭に迷う」ことになっても極めて当たり前の話のように思います。

「学歴なんてムダ」という話とは全く違う

では、私は「学歴なんてムダ」と考えているかと言えば、それは全く違います。

正確に書くと現在のような「学歴至上主義」はやめたら良いのでは無いかとは思っていますが、自分がそのように思ったところでそれが無くなる訳ではありませんし、少し前と比べれば多少は変わってきているのかも知れませんが、それでも「学歴至上主義」、すなわち学歴が新卒の採用とか若い内の転職に極めて大きく影響するという社会はまだまだ続くのだろうと考えています。従ってそのような社会に出て行く前の段階で身に付ける「学歴」は、基本的には「少なくない影響があるもの」だと捉えています。

なお、では例えば自分の子供に「少しでも高い学歴を」と考えるかと言えば、必ずしもそうでは無いのですが、この件は今回とは異なる話なのでこれ以上は述べないでおきます。

歳を重ねるごとに「学歴」から「仕事をする力」に大切さがシフトしてゆく

これは私の肌感覚であり統計資料等を調べた訳では無いのですが、歳を重ねるごとに「学歴」は重視されなくなるように思っています。それこそ若い内は、転職で全く別の業界に「素人」として飛び込んでも「期待」を込めて雇ってもらえるものが、例えば50歳で同じことをしても、かなり厳しいのではないかと思う訳です。

逆に求人広告などには出てこない口コミ的な転職の場合、重視されるのは「仕事をする力」なのであって「学歴」はあまり重視されないように思いますし、このような部分が「歳を取り『若さ』を失っても失業しない」という意味での「最も大切なこと」であるように思うのです。

そして、上で述べてきたようなことを意識しながら「仕事をする力」を身に付け歳を重ねた人は、相当の不遇でも無い限り「職を長く失い貧困に陥る」ということは無いのではないか、と思っています(どれだけ努力してきてもそれでも貧困に陥ってしまう不遇なケースの存在を否定している訳ではありません)。

結局は「とにかく若い内は仕事をする力を身に付けろ」という話

サラリーマン時代、比較的高学歴の同世代の人で、自分の置かれた立場や仕事の内容に対して「自分に向いている仕事をさせてもらえない」的な愚痴を言っていて仕事の出来も良くなく社内や顧客の評価もあまり良くないという人がいましたが、そんなことをグチグチ言いながら貴重な時間を無駄に費やすくらいなら、会社に直接文句を言うなり転職するなりして「仕事をする力」が身に付くような環境に早く身を置くことを第一に考えれば良いのにな、と心底から思っていました。

特に若い内は、新卒で入った会社だからとか会社の知名度とか、そのようなものに固執するよりかは自分が続けて行きたいと思える仕事に関しての「仕事をする力」を身に付けることを第一に考えるべきであると個人的にはそのように思っています。

おわりに

私は大学は出ていませんが、詳しくは書かないのですが入るのはそこそこ難しい学校を出ていまして、先日、(フリーランスの仕事の)取引先の結構偉い人と飲みに行った際に(偉いさんだが年齢はかなり近い)、出ている学校の話になって出身校を話したら「そんなとこ出てるんや!」なんて感じで相手は全く知りませんでした。

その方とはたまに飲みに行く仲になって既に五年以上経ちますが、それでも普段自分の学歴なんて話しませんし相手も全く気にしない訳で、その他の顧客の方々もほとんど知らないと思います。

自分の技術力だけを頼りに一人でやっていくフリーランスという道を選んでいる訳ですが(現在九年目です)、それは本当の意味で「学歴などの肩書きは全く勘案されず、仕事をする力のみが評価される」世界である訳です。

自分がそんな立場に行き着いているので今回述べたようなことをより強く思うのかも知れませんが、全く逆に大きな企業で上のほうの立場として組織をまとめていくのが得意な人だって居られるでしょうし(上で述べた取引先の人もその内の一人)、そのような立場の人が目指す「仕事をする力」は私なんかとは全く異なるのだと思いますが、それでもどんな立場であっても「仕事をする力」を身に付けようと努力する姿勢が大切であることは変わらないのだろうと思っています。