kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「お店の商品を触って遊ぶ子供」を見て「善悪とは何か」を考えてみた

はじめに

先日、妻からこんな話がありました。

スーパーで買い物をしていたところ、これから買おうと思っていた飲料(ペットボトル)の売り場で小学校中学年くらいの子供が、売り場に並んでいる飲料を端から端まで順番に、蓋やそのまわりの部分を叩いたり触って揺らしたりしながら遊び歩いていたそうです。

そして、その傍には父親と思われる男性が居たのだが、注意するようなことも全く無く、見ていて腹が立ったと妻は興奮気味に話しておりました。

腹が立たなくなった私

我が家の息子は現在小学四年生ですが、もっと小さい頃(主に幼稚園児の頃)、私と息子の二人で売り場などを歩きながら「こういうことはやってはダメだ」等を教えて回っていた時期がありました。

そういう時分には上で述べたような光景がよく目に付きました。上の事例はまだペットボトルなのでマシだと感じるほどで、野菜などの生鮮食品を触って回っている子供だって普通に見かけられるという印象でしたし、それを何も注意しない親というのも普通に見かけられました。

他にもおもちゃ売り場で、売り物のおもちゃで「遊んで」いる光景なんて本当に日常茶飯事でして、中には売り物のボールをネットに入ったまた地面に置き蹴って遊んでいる子供だって普通に居る訳です。これも親が一緒になって遊んで回っている(ようは子供を遊ばせている)ケースも普通にありましたし、地面にボールを置いて蹴って遊ぶ孫を後から微笑ましく見守っている「上品そうなおばあちゃん」を見たこともあります。

その頃は息子を連れている、連れていないに関わらずそんな光景を見るたびに一々腹が立っていたのですが、最近は自分の子供がそういうこと(売り物で遊んだりむやみに触ったりしないなど超が付くほど基本的なこと)を教える時期が過ぎたからか、もしくは下で述べるような思考をするようになったからか、そういう光景を見てもあまり腹が立たなくなったと言うか、あまり目に入らなくなりました。

妻も基本的には私と同じだそうで、ただし先日の件はその度合いがあまりに酷く、かつ今から自分が買う商品だったので腹が立ったそうです。

「やってはダメなこと」の基準が違う

このような部分の価値観は私と妻は非常に似ており、例えば売り物の商品をむやみに触ってはダメだと考える理由は以下のようなものです。

・そもそも売り物は「他人(お店)のモノ(=自分のモノでは無い)」のだから、商品を吟味するなど何か事情でも無い限りむやみに触って良い訳が無い。

・自分が売り物の商品で触ったり遊んだりすることにより商品が少しでも汚れたり傷んだりすれば、それを実際に購入する人に迷惑を掛けるし、またそういう前提に立てば「むやみに触っている光景」は他の買い物客から見て不快かも知れない。

以上のような考えが私と妻で一致しており、子育ての内容もそれが反映されている訳ですが、上のような考えは「私たちの勝手な考えに過ぎない」とも言える訳で、そのような考えが「我が国の一般的な常識である」と言いきってしまえるような客観的根拠を私たちは持ち合わせていない訳です。

たぶん、売り物の商品で遊んだり触って回ったりしている子供を注意しない親と言うのは、例えば、

・「やってはダメなこと」と言うのはその権利者など(今回の事例ならお店の人)が決める話であり、その人に注意されない限りは「やってはダメなことでは無い」訳だから特に控える必要は無い

と言う風に考えているのかも知れないし(上で述べたような事例の光景でも店員さんが居る時も多いですが注意しているのは見たことがありません)、例えばそのような考えと私の考えのどちらが世間一般として正しいかなんて私には判断出来ない訳です。

「腹が立つ」ポイントを正しく認識する

そのように考えると、そのような親を見て私や妻が腹を立てるのは単に「自分の価値観とは正反対の人」を見たことに対する嫌悪感なのであって、「世間一般の正しさ」による判断では無い(どうなのかは分からない)と認識することが重要であるように思っています。

「注意されない限り何をやっても良いなんて考えで大きくなったら、ややもすると店内での公序良俗に反する行為を面白がって行いツイッターなどでアップしてしまい騒ぎになったり逮捕されたりするようになるかも知れない」なんて考えるのはどう考えても私の「独自の考え」なのであって、それが本当に正しいか(=小さな頃のしつけられ方といわゆるバカッターに因果関係があるのか無いのか)なんて全く分かりませんし、世の中の平均的な考えがどうかなんて私は言える立場でもなく言えるだけの根拠も持ち合わせていない訳です。

自分と全く価値観の異なる人たちを見て「腹を立てる」のは誰でも往々にしているのだと思いますし別に控える必要も無い訳ですが、犯罪行為でも無い限りは、上で述べたように「それは世間一般の判断なのか、もしくは自分の考えに過ぎないのか」を強く意識することが重要であると今では思っています。

おわりに

息子は小学四年生ですが、私たちのこれまでの子育ての内容の当たり前の反映として、「オレがオレが」と前に出るようなタイプとは反対のタイプです(今のところ)。なお、元々の性格もありますのでいわゆる「引っ込み思案」ではありませんし友達も普通に居ます。ただ、いわゆる「早い者勝ち」「言った者勝ち」みたいな状況では控えめであるように見えます。

それは私や妻の常日頃からの行動、思考の仕方「そのまま」なのですが、では「前に出るタイプ」と比べてどちらが社会で得をするのかなんて私には正確に判断出来ません。

例えば息子が幼稚園時代の発表会などでの写真やビデオに関して「はっきり大きく写せている」というものが我が家は非常に少ないのですが、それは私や妻が「後ろの人の視界の妨げになってまで前のほうに陣取り、自分の子供をはっきり大きく写すことを最優先に振舞う」というような行動をはっきり言えば「好ましからざる行為」と考えるからであって、並んだ順番で早いもの勝ちであっても並ぶことさえしない訳です(自分が努力して早く並んだ結果であったとしても「後ろの人の視界の妨げになってまで前のほうに陣取りカメラを構える」という行動が自分には取れない、という意味です)。

そのような自分の考えが人間として正しいなんて間違っても言えませんし(正しい正しくないの話というより自分が好きか嫌いかの話であるように思う)、最低でも「子供の鮮明な写真や映像」を子供に残してあげる、という観点では「残せない」訳ですから「正しくない」と言えるでしょう。

それはほんの一例に過ぎないのですが、そのようなことを深く思考することを積み重ねる内に、例えば冒頭から述べたように「売り物の商品で遊んだり触って回ったりする」という点に関しても「自分にとっては有り得ない行動だからと言って、むやみに「世間的にダメなこと」だと断罪するような考えを持つことには慎重になるべきだ」というように考えるようになったのだと思います。