kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

私が「フリーランス」で長時間働いているのは「仕事が好きだから」という一言に尽きる

はじめに

また一週間ほど当ブログの更新が滞ってしまいました。基本的に「仕事が忙しい」為です。

本日は標題で記した通りに改めて思いましたので、その件を手短に記します。

ちなみに私はフリーランス九年目で、仕事の内容は設計のような仕事となります。

寝られなくても心は折れない

現在は土曜日になったばかりですが(明け方の前)、木曜日から金曜日かけて徹夜して仕事をして、金曜日の朝に二時間だけ寝てから予約してあった病院に行って、帰ってきて少し寝ようと布団に入った直後に全く別件の仕事の電話がかかってきて、そしていわゆる「急ぎの仕事」をこなして先ほど相手に出来たものを渡して、現在に至ります。

こういうことは珍しい訳ではありませんが、それでも心が折れないのは一言で言えば「仕事が面白い」為だと思います。

これが例えば「生活の為に仕方なく」みたいな感じでやっている作業なのであれば全く話が異なるように思います。私にとって自分の仕事と言うのは、例えばMT車を運転したりとか、現在のようにブログを書いたりとか、そのような「楽しい」「面白い」と感じる事柄と全く同レベルか、もしかしたらそれ以上に「楽しい」「面白い」ことなので、諸般の事情により寝不足になったり時間的余裕が無くなったりしても「嫌になる」ことが無いのだろうと思います。

「誰の為に働いてやっているんだ!」とは全く思わない

昔からよく聞く「誰の為に働いてやっているんだ!」というセリフ。すなわち家族(妻子)の為に働いてやっているのだ、とアピールするようなセリフですが、私自身はこのような発想は全く思い浮かべません。

そもそも、いわゆる「最低限の生活費の確保」に限って言えば、現在の半分近くまで仕事を減らしてもやっていけるように思いますし(例えば所得を半分に減らしても、その分だけ累進課税の税率が下がったり、もしくは現在は全く受けられていない各種の補助が受けられたりするようになるので、実質的な所得は半分よりかなり多いです)、また妻はどちらかと言えば健康等のことを勘案して「少しは仕事を減らしたら」という感じです。

それでもハードワークを続けているのは、例えば「信頼を維持し続ける為」みたいな理由付けも出来ますがそれはあくまで「後付」なのであって、結局はこの仕事が「楽しい」「面白い」からなのだろうと思います。

おわりに

現在の仕事にめぐり合えたのは「運」の要素もゼロでは無いと思いますが、かと言って「それだけ」でも無いのだろうと思っています。

そもそも、新卒で就職した際(約25年前)の配属は自ら希望したものとは異なり「全く興味の無かった分野」へ配属された訳ですから、それでもその仕事(細かいことは時代と共に色々変わっているが根本的にはずっと同じ仕事)を現在でも「一生の仕事」(になると思っています)として長年続けることが出来ているのは、めぐり合わせの「運」と同等かそれ以上に、特に若い頃に仕事に対して真摯に向き合ったり、もしくは内容を極める為に努力したりしながら、その仕事の面白さに気づき、また平行して周囲の評価が上がる等の「充実感」も伴いながらその仕事を「好きになっていった」という側面も強いのだろうと、今になってはそのように強く思う次第です。