kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

テレビに「毒される」のかどうかは自分次第

はじめに

以下の記事を読みました。 

headlines.yahoo.co.jp

この女性議員の暴言ですが、私はいまだに聞いたことがありません。そのようなことがあった事実は新聞やインターネットの記事で「文字を読む」ことで知っているのですが、その実際の音声を聞きたいなんて微塵も思いませんので、敢えて「聞く」ことは無い訳です。

そして私の場合は「基本的にテレビを見ない」という生活をしていますので(もう五年以上になると思います)、そのような音声が「勝手に聞こえてくる」ということも全く無い訳です。

基本的にテレビを見ない

現在の私の勝手な印象ですが、テレビに対しては一例を挙げると、

・嘘か本当かよく分からないような情報が流れている
公序良俗に反するような言葉遣い等が氾濫している

というイメージがあります。

一点目に関しては例えば大して流行ってもいない事柄を「大流行」と言ってみたりとか、多くの医師の知見に反する内容をあたかも「一般的な情報」として垂れ流したりとか、そういうイメージです。

二点目ですが、いわゆる「お下品」な番組は昔からあったのですが、昔はその手の番組と普通の番組はある程度分かれていたという印象なのですが、垣根が曖昧になり、「お下品」ではないいわゆる普通の情報番組的な番組なのに上半身裸の人が座っていたり、汚い言葉遣いが氾濫していたり、というイメージがある訳です。

上記は私の勝手な印象ですので世間一般の受け止めは異なるのかも知れませんが、最低でも私は上記の通りの印象を抱いているので、自分自身に限って言えば「基本的にテレビを見ない」生活に切り替えたのだろうと思いますし、間違っても無為にテレビを付けっ放しにして「子供に見せる」なんてことはしないのだろうと思います。

親としての思考の深さの問題

以下の囲みに上記記事から引用します。

「いきなり叫ばれて、びっくりしました」と話すのは、保育園年長さんの娘がいる30代会社員女性。先日、慌ただしく出かける準備をしていたところ、娘が楽しそうに「この、ハゲーーー!」と叫んだ。

「朝、時計のかわりに民放の情報番組をつけっぱなしにしているのですが、そこで繰り返し放送されるのを聞いて、覚えてしまったようです。新しいギャグか何かだと思っているのか、叫んだあとケタケタ笑っています。人をののしる言葉だと理解していないぶん気が楽になりましたが、通りすがりに耳にした大人は気分悪いですよね。なので、言わないように注意はしましたが、理由については理解できないようで……。保育園でも、流行っているみたいです」

この方の親としての態度は相当に問題があるように思いました。

いや、子供にテレビを見せるのが良いのか見せないのが良いのか、その判断はどちらでも良いというか、価値観により様々だと思いますので「子供にテレビを見せる」こと自体に問題があると言いたい訳ではありません。

ただ、自分の価値観(子供を健やかに育てる上で自分が信じる信念)として「子供が人を罵るような言葉遣いは誰かの真似であっても出来るだけすべきではない」と考えるのであれば(この女性はそのように考えているのだろうと思います)、『朝、時計のかわりに民放の情報番組をつけっぱなし』にするなんて行動は有り得ないのではないか?と思う訳です。そして(以下の囲みに更に引用)、

豊田議員の口調を真似して娘が叫んだ日の夜、夫婦で話し合い、朝の情報番組はしばらくNHKにしておこうと決めた。NHKだけは、この暴言の音声をそのまま放送していなかったからだ。

と、問題が起こった直後なのに「NHKなら安心」なんていう判断は極めて安直であるように思うのです。

ちなみに私はテレビを全く見なくなる前、「民放はほとんど見ないけど、NHKだけは見る」という時期もあったのですが、NHKの情報番組で「韓国語でメールすることが流行っている!」みたいな番組を見まして(内容に関してはグーグルで「韓国語 メール 流行」と検索すれば今でも何がしかページが出てきます)、これが引き金となって「もうテレビは見ないでおこう」と決断したのでした。韓国が好きとか嫌いとかの問題ではなく「信憑性」に関して極めて大きな疑問を感じた訳です。

上記は随分前の話ですが、最近でもNHKで「睡眠薬が糖尿病に効く」なんて間違った情報を流して謝罪していましたが、これなんかも「間違い」というよりかは「耳目を引く為に不確かな極端な情報を故意に流している」という色合いが強いのではないか?と個人的にはそのように受け止めています。

と言う訳で私個人としては子供(現在小学四年生)にテレビを無条件には見せていないのですが、その判断に「民放」と「NHK」の違いはありません。

なお、くどいようですが念のため申しますと、自分とは反対に「子供が小さな間でも玉石混合の情報に触れさせて本人に取捨選択させながら成長させれば良い」という親の価値観を否定する気持ちは全くありません。

おわりに(テレビ=インターネットの時代)

前述したように現在は基本的にテレビを見ない生活をしていますが(たまに見るのはスポーツ観戦などや、自宅以外でテレビが付いている場合などのみ)、今後も絶対に見ないと思っている訳ではなく、時間的な余裕が生じれば「選んで」見れば良いと思っています。

別にテレビの情報の信憑性や言葉遣い等の乱れ等がインターネットより劣っていると思っている訳ではありません。ただ、インターネットの黎明期は私自身、テレビ>インターネットと思っていましたが、現在はテレビ=インターネットなのだと思っているので、インターネットの情報を受け取る際に「見るものを自分で選んで、かつ注意深く受け止める」ように、テレビに対しても同様に接すれば良いだけのように思っています。

従って例えばインターネットの映像や音声等を自分の好みに関わらず「付けっぱなし」にするなんて行為は「有り得ない」のと同様に、テレビに関しても「時計代わりに付けっぱなしにする」なんてことは今後も有り得ないのだろうと、自分ではそのように思っています。