kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

仕事を頑張っている人ほどその後の「競争」で優位に立てるのは当たり前の話

はじめに

読者登録していつも読んでいる方のブログで取り上げられていて以下の記事の存在を知り、そして読みました。

axia.co.jp

この記事では業務時間外に勉強などしなくても「何とかなる」としながらも、勉強する人と比べると勉強しない人は「何とかなる」だけであって以下の点で差が付くとされています。以下の囲みに上記記事の見出しを引用します。

勉強しない人は勉強する人には勝てません

勉強しない人は勉強する人ほど給料は上がりません

勉強しない人は勉強する人ほど重要な仕事を任されません

業務時間で習得したスキルは10年後使えなくなるかもしれません

勉強しない人は転職が厳しくなるかもしれません

可能性としては十分に有り得る(と言うか当たり前の)話と思う

上に引用した5項目の内、4つ目を除く残りの4項目は、平たく言えば勉強する人のほうが勉強しない人に比べて「技術的に上に立てる」「給料が高くなる」「重要な仕事を任される」「転職が有利になる」ということで、すなわち仕事というフィールドにおける競争で「優位に立てる」という話なのだろうと思うのですが、これは極めて当たり前の話であるように思いました。

もちろん何事にも「運、不運」はありますので、特定のケースに絞って見れば、あまり勉強や努力をしていなかった人が上手く立ち回ったりして出世したりとか、逆に真面目に努力し続けた人が報われなかったりとか、そういうケースは山ほどあるのだろうと思います。

しかし「平均的」に見れば、勉強や努力をしている人のほうがその度合いに比例して上述したような部分で「優位に立てる」のは極めて当たり前の話のように思うのです。

この「平均的」と言うのは、多くの労働者の中で「自分の運、不運の度合いが平均的であればそのような結果になるだろう」という意味でも良いですし、もしくは長い人生の中では良い時も悪い時もありますが10年、20年のロングスパンで見た時の「平均的な結果」と捉えても、どちらでも同じことだと思います。

「勉強」より「実戦」という意味で恵まれていた私の世代

仕事により様々なのだろうと思いますが、私の仕事(設計のような仕事)に限って言えば、例えば「家で本を読んで勉強する」みたいな勉強よりも、実戦で仕事をしながら難しいことに直面した際に基準書などを調べて学んでいくほうが「身に付く」という意味で有効性が高いように思いますし、そういう仕事は他にも多くあるように思います。

そんな訳で私自身は家で何かを「勉強」したという意識は無く、家でやっているにしても仕事と基準書など関係するものを持ち帰って「仕事」を実戦でやっていた訳であって、そしてそれよりも「ずっと会社に居る」ことが許される時代だったので、ずっと会社で仕事をしながら技術を身に付けていった訳です。

所定の時間を超えたらその分が何時間になろうがサービス残業でしたが、それで自分が納得している、すなわち別にお金など支払われなくても技術を身に付ける為に実戦の仕事に自ら携わっているので問題無いと考えてさえいえば、基本的には仕事をやらせてもらえたので、「競争で優位に立つための技術力を身に付ける」という観点では非常に恵まれた時代だったのだろうと思います。

今の時代はそんなことは基本的に許されないのでしょうし(普通の企業のサラリーマンを辞めて10年以上になりますので想像による記述です)、逆に「定時に帰れ」「残業するな」という風潮の中で、それでもプラスアルファのものを身に付けていく為には「家に帰ってからのプライベートな空間」の中で努力しながらそれを身に付けていかなければならない訳ですから、私の若者だった時代よりもある意味「難しい」のかも知れないな、と思います。

ただ、優秀な人というのはどんな風潮でどんな状況になっても上手く技術力を身に付けるのだろうな、とも思いますし、もしかしたら時間の問題というよりも「意識」の問題という側面が色濃いのかもしれないな、とも思います。

おわりに(若者の頃の努力の「貯金」)

45歳になり結婚して子供も居る現在になって思えば、20代の頃(30歳過ぎで結婚するまで)というのは相当に時間と体力に余裕があったように思います。

私自身はその「余裕」の大半を仕事の技術力を身に付ける為に費やした訳ですが、その時の技術力の「貯金」で現在も食って行っているようなものだと思います。

いや、「貯金」どころか、フリーランスになって9年以上になりますが、周囲に追い付かれて立場が危うくなる、みたいな状況には全く至りませんので、もちろん日々の努力も関係していると思いますが、若い時に身に付けたものが貯金「以上」に効いているのかも知れないなと、そんなことを改めて思いました。