kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「ゲス不倫」宮崎謙介元議員の問題点を改めて考えてみた

はじめに

先日、セミナーを開くだとか開けないだとかいう内容の記事で、宮崎謙介元議員の名前を目にしました。

騒動を引き起こし議員辞職に至った原因は「不倫」でした。

最初に私にとっての「不倫」の位置づけを述べて、そして宮崎謙介元議員に関する問題(と言うより私自身が抱いた反感)は何だったか等を以下に述べたいと思います。

私にとっての不倫とは

私(45歳男性)は自分が「不倫」をするなんて考えられないという性格です。それは結婚後だけの話ではなく、例えば結婚する前に恋人が居たという状況の時でも、いわゆる「浮気」なんてとんでも無いどころか、何かの事情で他の女性と二人きりになるという状況だけでも可能な限り避けたいと考えるようなタイプです。

しかしながら、では他者の「不倫」「浮気」が過度に気になるかと言えば、それはあまり気になりません。例えば仕事上で尊敬していたり仲良くしたりしている誰か(性別問わず)が実は不倫をしているとか、男性なら風俗に行っているとか、そのような話を聞いても「へぇ、そうなんだ」と思うだけで印象が悪くなる、ということはまずありません。

結局、「不倫」であってもそれは個々人のプライベートの範疇なのであって、他人が干渉するような事柄なのではないし、配偶者も含めて個々人が自由に処理すれば良い事柄なのである、という風に捉えているのだろうと思います。

従って有名人の不倫ネタも本当に昔から興味が無くて、昔はテレビを見ていましたし現在はテレビはほとんど見ませんがそれでもネットで「有名人の不倫ネタ」は目にする訳ですが、私にとっては本当に「どーでもよい」話という位置づけですし、例えば随分昔ですが、私にも好きな歌手が居て、ファンになる前に発売されたものも含めてその歌手が発表している全てのCDを揃えていた、なんて時もありましたが、ある時その歌手の方が不倫で世間を騒がせたのですが、それで嫌になったりとか、そのような気持ちは微塵も無かった訳です。

しかし宮崎謙介元議員の場合は…

それでも宮崎謙介元議員の不倫が発覚した時には、非常に反感を覚えました。「議員なんて辞めてしまえ」とも思いました。

それは当人が国会議員だったこともあるとは思いますが、それだけではなく「育児休暇で議論を巻き起こした」国会議員だったからなのだろうと思います。

自分が育児休暇の取得を宣言し世間が「勝手に」騒いだだけ、というならまだしも、本人も自ら積極的に自分のブログやメディアで意見発信していたと記憶しています。

意見が割れている議論の片方を強く意見発信出来るのは議員の「特権」

男女平等とか男女機会均等などが言われてかなり長くなりますが、それでもまだまだ「仕事」に関しては女性の進出が「男女平等」までには全く至っていないと私なんかは感じる訳ですが、これは完全に私の主観ですが、その理由は男性側の「女性は家に居て欲しい」という意識だけでなく、女性側にも「私は家に居て家庭を守りたい」的な考えの人が少なくないからなのだろうと思っています。

それが事実か事実でないのかとか、もしくはそのような考え方の是非をここでは論じたい訳ではありません。ここで言いたいのは「まだまだ意見は割れている事柄なのだろう」ということです。

また、別の観点で男女平等とか育児休暇自体とは別に、普通の人がそれを取得するのは問題無いとして「国会議員」がそんな権利を主張するってどうなの?という観点からの議論もあったと思います。

そのような意見が割れている事柄において、個々人が例えばブログ等で意見発信したところで余程の有名ブロガーでも無い限りその発信力はゼロかそれに等しいほど微々たるものである訳ですが、議員、特に「国会」議員になればその影響力が桁外れであることは言うに及ばないことだと思います。

そんな人が不倫って…(絶句)

人間誰しも過ちはありますので、例えば交通事故を起こしただとか、そのような話なら(もちろん事故の内容にもよりますが)「誰しも過ちはあるし、あまり若い人の足を引っ張りなさんな」的に思えるのかも知れませんが、なんせ国会議員の立場として(敢えて言えばその立場を利用して)育児休暇の議論を起こしていた人間が、

不倫

していた訳ですから、本当に絶句レベルと言うか、「救いようが無い」というレベルなのだろうと今から考えてもそのように感じる次第です。

「たった一度の失敗で未来を奪うな」は半分だけ正論

以下の記事、

不倫で議員辞職…宮崎謙介氏はイクメンになった?【自宅で取材】 | ホウドウキョク

で宮崎謙介元議員の配偶者の金子恵美議員が以下のように述べています。

「本当に宮崎が変われるかどうかを、ぜひ全国の皆さんに厳しく見ていただきたい」と語る一方で、「全てのことを一回のことで失うような、そんな息苦しい社会であってほしくない。もっと寛容な社会を私は作っていきたい」とも語った。

確かにたった一度の失敗でその人の未来を全て奪うような社会は、それこそ本人もその他の皆も含めて誰も得をしないように思います。すなわち、不倫どころかもっと重罪を犯した人であっても更正の余地は残すべきだと思います。

しかしながら、では、どのような問題を起こした人であっても何も問題を起こさなかった人と同じように「完全にフリー」で未来が開けているのが良いのかと言えば、率直に言ってそれもまた違うように思う訳です。すなわち、例えば警察官という立場で窃盗を犯し懲戒免職になった人が、その後にまた「警察官になるチャンス」が万人と同じレベルで担保されている社会というのは、色んな意味でおかしいと思う訳です。

そのように考えた時、「国会議員という立場で、育児休暇の推進を主張していた人が、実は隠れて不倫していた」という人の「これから国会議員となる未来」にある程度の制約を受けるのは当たり前であるように思いますし、それが法律による制約でも何でもなく(実際に法律による制約ではありません)多くの国民の美意識、価値観によって制約を受けてしまうことになるのであれば、それはむしろ正しい社会の反応であるようにも思うのです。

おわりに

以上、宮崎謙介元議員の起こした騒動について改めて思ったことを記しました。