kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

結婚するしないとか、子供を持つ持たないとか、それは自分の感性を信じて決めるのが良いと思う

「する」より「しない」という言説のほうが目立つワケ

例えば結婚に関して、結婚したほうが幸せだという言説と、結婚せずに一人で生きたほうが幸せだという言説がありますが、私の勝手な印象では後者の「結婚せずに一人で生きたほうが幸せだ」という言説のほうが目立っていて分かりやすいという印象があります。

今までの世の中が「結婚するのが当たり前」であったが故に、それを追認する言説よりも「今からの時代は違う」と意義を唱える言説のほうが目立って当たり前のようにも思いますし、また「結婚派」の幸せの内容と言うのは数値化出来ないものが多い(例えば子供を持つって幸せだと言っても持たない場合と比較する数値が無い)のに対して、「一人派」の言説というのは時間やお金という面での「コスパ」を数値化して説明しやすいので、説得力がある(ように見える)、という側面もあるのだろうと思っています。

例えば「子供は持たない派」が「子供を持ったら一人を育てるのに大学まで出したら2500万円かかるんですよ!二人持ったら5000万円です。子供を持った瞬間からその金額を『負債』として抱えて生きていくということなんですよ!」という説明には、誰でもその大変さを想像出来るという「分かりやすさ」があるのだと思っています。

一方で実際に子供を持っている人が「本当に幸せです」と幸せを感じる部分を色々と書いてみたところで、その他の子持ちの人に対しては「そうなんだよなぁ」と共感されることは往々にしてある訳ですが、一番意見を伝えたい「まだ子供が居ない人=これから子供を持つかも知れない人」に対しては実感としては伝わりづらい、という特色があるのだろうと思います。

コスパが全てか?

しかしながら、普通に考えれば、例えば自分にとって時間的に最も無駄が無い生活と言うのは、周囲がみなロボットで、自分は全く何も動かなくても自分に必要なモノ、サービスは周囲のロボットたちが全て提供してくれる社会なのですが、それって楽しいの?と考えると、それは決して楽しく無さそうです。

やっぱり人間ですから、例えば友人と食事を楽しむ為に時間を割き、またそういう場を設ける為に余分にお金を使い、そしてその余分なお金を稼ぐ為に余分に働く訳であり、それらは「自分が生物的に生きていくための最低限の生産活動」という観点においては「ムダ」以外の何物でもない訳ですが、そういう部分に人間として生きる上での幸福感なり充実感を感じるものなのだろうと思うのです。

そして結婚生活に幸せを感じる人と言うのは、配偶者や子供と生きるために、一人で生きる場合と比べて「余分」な時間やお金を割きながらも、それ以上の幸福感なり充実感を感じながら生きているのだという単純な話であり、そしてその度合いは決して数値化出来るようなものではないというのは自明の理であるように思います。

煽り気味の言説に惑わされることなく自分の心に耳を傾ける

私がここで言いたいのは、「だから皆、結婚するべし。子供を持つべし」と言いたい訳ではありません。「人間一人では生きていけない」という点は皆同じであったとしても、他者との繋がりを求める相手が「家族」(結婚)である人も居れば、色んな事情から「家族というものにだけは縛られたくない」と考える人も居るでしょうし、両方居て当然なのだろうと思っています。

どちらにしても、自分が何を求めていて、どのようなものに幸福感なり充実感を感じるのかという部分に正直になって、「分かりやすい(特に煽り気味の)言説」に惑わされることなく、数値化出来ない自らの「人間の心」にも耳を傾けながら物事を決めていくのが大切だと思う、という点が今回言いたいことになります。

「失敗」の後悔と、「チャレンジしなかった」後悔

特に結婚「する」とか子供を「持つ」という場合は、「する」「持つ」と決めるよりも「しない」「持たない」と決めるほうが現状維持であるという意味でラクである場合が大半であるように思います。「する」「持つ」と言うのは今までの現状を大きく変えるという意味でチャレンジなのであって「しない」「持たない」場合よりも大きな決断を要する場合が大半だろうと思う、という意味です。

結婚に関してなら少なくない離婚件数が毎年毎年ある訳ですから、統計的に言えば「チャレンジして失敗する」確率は確実にゼロではない事柄であるというのは紛れも無い事実です。

そのようなものに「チャレンジして失敗する」リスクはもちろんある訳ですが、特に結婚や子供を持つかなど年齢が大きく関わるものに関しては「チャレンジせずに後になって後悔する」というリスクも決して小さく無い訳です。

そのような部分も踏まえながら、自らの「人間の心」にも耳を傾けながら物事を決めていくのが大切ではないかと改めて思いました。

おわりに

私は結婚や子供に関しては現状(既婚で子供が一人居る)に幸せに感じている訳なので、結婚しないとか子供は不要という内容の目立っている言説というのは自分と「反対派」として見えています。

しかしながら、それは自分の現状と「反対派」であるから目に付くという話では無いのだろうと自分では確信的に思っています。

何故なら、例えば仕事に関して私は普通のサラリーマンではなく一人でフリーランスでやっている訳でして(現在九年目)、世の中の「会社なんてやめてしまえ!一人で何やっても食っていける」とか「これからは就職ではなく起業の時代!」みたいな煽り気味の言説を見ると、結果としての自分の現状としては「同じ立場」なのですが、やっぱりそういう言説には違和感を覚える為です。

すなわち、私は現在の自分と同じ立ち位置か反対かに関わらず、無責任に他人に人生の選択を煽り気味に勧めているように感じる言説に違和感を感じているのだろうと思います。

そして当然ながら、現在の自分と同じ立ち位置か反対かに関わらず「確かにその通りかも」と感心させられる言説もあります(これに関してはまた機会があれば改めて書きたいと思います)。

以上、つい先ほど結婚関連に関する煽り気味に感じた記事を読んだのですが、それで改めて思ったことを記しました。