kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

【ブログの読者として】 書いている人の立ち位置と、読者である自分の立ち位置はあまり関係無いと思っている

はじめに

私は何年もの間、(場所は転々としていますが)基本的にずっとブログを書いているのですが、同時に誰かのブログを読んでいる「読者」でもあります。私と同じような方(書く者であると同時に読む者でもある方)は少なくないのではないか?と想像する次第です。

さて、時間の制約上、それほど多くのブログを読めている訳では無いのですが、それでも「更新されれば必ず読んでいる」という感じのブログも、その時々で移り変わりはしますが複数あります。

そのようなブログに関しては私は純粋に「熱心な読者」という立場です。すなわち、そのブロガーの方も当方のブログを読んでくれている、というケースもありますが、当方が一方的な「読者」という立場である場合も少なくありません。

書いている人の立ち位置と読者である自分の立ち位置はあまり関係無い

自分と似たような立場の人、似たような結論を持つ人の言説を読むと安心するし心地よい、という感情はあっても不思議ではないように思いますし、私にもあるのかも知れませんが、私に限った話かも知れませんが、一度読み始めてずっと熱心に読み続けてしまうブログと言うのは、「自分とは立ち位置が全く異なる」というものが多いです。

敢えてそのようにしている訳では無いので、もちろん自分と同じような立ち位置だと感じる場合もあるのですが、自然と「読み続けているブログは、自分とは全く立ち位置が異なるものが多くなっている」という感じです。

一つ例を挙げると、私は「高学歴」とは無縁の男でして、両親はどちらも中卒ですし(と言うか父親は中学も最後まで行ってないと言ってました。昭和二十年代の、かなり貧しい鹿児島の山村での話です)、私も大学には行っておりません。そして「学歴」以外の実力勝負で生きてきたという意識も強く、現在の立場も学歴も肩書きも何も無いような一匹狼的なフリーランサーです(現在9年目)。そして息子が一人居ますが(現在小学四年生)、必ずしも高学歴を目指して欲しいとは思っていない訳です(ただし本人が目指したくなった時に学力不足で諦めさせるのは可哀想という意味で学力が低くて良いと思っている訳ではありません)。

しかし自分が「熱心な読者」であるブログは、高学歴の方が書いていて、そして高学歴の優位性を説いているような言説のブログが多いのです(過去のものも含めると一つや二つではありません)。

相手の「思考」に惹かれている

そのようなブログは、書かれているご本人も学生時代に厳しい競争に打ち勝っていて、そのような競争の有意な部分も不毛な部分もリアルに感じながら実際に経験した上で、それをベースに思考が展開されていますので、非常に興味深く感じるのだろうと思います。その思考が展開されている部分に惹かれているのであって、その結果である現在の立ち位置(やっぱり学歴は大切だと結論付けるのか、逆に大して学歴は不要であると結論付けるのか)に関しては、その言説の魅力という点においてはあまり関係が無いのだろうと思っています。

相手の「思考」に影響を受ける、という意味

私は今までの人生において、何か大切な決断をする際に誰かの意見を聞くということをしたことが一度もありません。相談さえせずに全て自分一人で決めています。

例えば独身時代に(今で言う)婚活を始める際に、両親や友人に何かを相談したことは全くありませんでしたし(と言うか話さえしていない)、サラリーマンを辞めてフリーランスになる際に取引先などの関係者に事前に相談したりすることもなく辞表を出してからの事後報告でしたし、「フリーランスのメリット、デメリット」的な記事なども一切読まずに決めている訳です。

では、常日頃に深い話は誰ともしていないかと言えば決してそんなことはなく、例えばサラリーマンの時なら仲の良かった上司などと色んな話をして、そして「なるほど」と思わされるような時も少なくありませんでした。

ただ、それは「だからこうするべき」という結論の部分に「そうだよなぁ」などと思っている訳ではなくて、その結論に至るまでの「思考」の部分に、「なるほど、確かにそのような論理の展開は理にかなっているなぁ」という風に感じていたのだろうと思います。

そして常日頃から、そのような意見(言説)を咀嚼しながら自分の中で思考を繰り返していて、実際に何か大きな決断をする際には常日頃の思考をベースに自ら一人で決断しているのだろうと思います。

ブログも同じ

現在は一人きりのフリーランスですし誰かと喋る機会も少ない訳ですが、その代わりにブログ等の言説を読んで、そういう「思考」の部分に影響を受けているのだろうと思います。

上で述べた「高学歴を是とする」ブログを熱心に読んでいるからと言って、では私が今後「やっぱり学歴は高いほうが良い。息子にも出来るだけ高学歴を目指させよう」という風に自分の考えが変わることは多分無いのだろうと思っているのですが、だからと言ってそれを熱心に読むことが無駄かと言えば、決してそうではないのは今まで述べた通りです。

学歴以外の話で言えば、例えば「部活」に関して、それを真っ向から否定するような意見を最近よく読んでいる複数のブログで見かけたのですが、私自身は息子の部活(ある球技です)に関して、確かに長時間の練習が勉強に与える影響が気になりつつも、その部活を通じて(その球技が上手い下手とは無関係に)人間的に成長している息子の姿を感じていますので、それ(部活)を真っ向から否定する気持ちは全く無いのですが、ではそれらの「真っ向から否定するような意見」を読んで不快に感じるかと言えば、それは全く感じない訳でして、それどころか「なるほどなぁ」と唸ったりしながら学んでいる訳です。

逆に、結果的な立ち位置が自分と同じであるからと言って、例えばサラリーマン時代に特にパッと何かを成し遂げることもなく、「細々なら食べていけます!」的な感じでフリーランスになりました、みたいな言説を読んだところで、最低でも私にとっては心に響くものは何もありません。

おわりに

以上、ブログというものに関して自分が「読者」という立場の視点で記してみました。

私自身もブログを「書く」側ではありますが、上で述べたような優れた言説など全く書けていないのかも知れませんし、またアクセス数としても全然ダメなのですが、今回はまだまだ続けようと思っています。

いつもお読み頂いている皆様、本当に有難う御座います。