kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

大学を辞めた「だけ」の人がサラリーマンのことを「つまらない人生」と論じるのは構わないが…

はじめに

はてなブログのトップページには、一年ほど前の「注目記事」が掲載されるコーナーがあります(「ブログタイムマシーン」というコーナー)。

そこで一年ほど前に大注目となった、当時の大学一年生(18歳)が大学を辞めて起業します、と宣言する記事が載っていて、懐かしく見ていました。その後にネットで検索して関連する他者の記事もいくつか読みました。当時の炎上ぶりはもの凄かったと記憶しています。

それらを読んで思ったことを改めて記します。

仕事とは社会に「価値」を提供しながら「収入」も得る行為

当たり前ながら、仕事とは社会に「価値」を提供しながら「収入」も得る行為なのだと思います。

そもそも何か価値を生み出す行為でないとお金が入ってこないので「収入」も得られません。

一般的には(起業家、労働者を問わず)価値を提供すればその対価としてお金が支払われて自分の収入に繋がる訳ですが、「起業」の場合はゼロからのスタートですので、始めてすぐにその価値が消費者に評価されお金に繋がるということは難しいように思います(特に上で述べた大学生のように今までに特に実績が無い人がゼロからスタートする場合)。

従って事業を始める前にアルバイトでも何でもやってお金を貯めて、当面の生活費と事業資金を確保したり、もしくは多くの人が出資や融資をしたくなるような「よく出来た企画」を考えることにより出資等を受けてお金を確保する必要があるのでしょう。

どのような形にしても自力でお金の工面をして、それで事業を起こしてこそ真の意味での「起業」と言えるのだろうと思います。

「お金」を稼ぐ厳しさ

上で述べた大学生の件に限らないのですが、自己資金もなく、多くの人を魅了するというような企画もなく(出資等も得られず)、当面のお金は親からの援助です、みたいな格好である間は、仮に登記を済ませるなど形だけは起業していたとしても、「仕事をしている」とは決して言えない状況のように思います。

いや、例えば親がお金持ちで、自ら稼がなくても親の資金でやっていけるので利益は度外視してでも何かの価値を提供したいとか、もしくは完全に無報酬の場合はボランティアになりますが、そういう形であっても世の中に何かの価値を少しでも届けたいという気持ちやそのような形態自体は否定する気持ちは全くないのですが、それはいわゆる「仕事をしている」という状態では無いと思うのです。

「仕事をする」という行為は必ず「お金を稼ぐ」という結果を伴わなければならない思う訳で、その部分が仕事というものの最も「厳しい」部分の一つなのだろうと思っています。

おわりに

起業家として凄く優秀な方々は学生の間から起業して成功したりしている訳ですが、多くの方々はそのような優秀さがあるとは自分では思えず、しなしながら社会人としては一般的にはお金を稼ぐ必要がありますので、サラリーマン(労働者)として「仕事をする」という道を選ぶ訳ですし、またその道で少しでも自分の能力を活かせるように何かを学んだり、また出来るだけ自分に適した(能力を発揮出来る)会社に入れるように学歴を身に付けたりしている訳で、そこには必ず何がしかの「努力」が伴っているハズです。

起業家として成功している人がそのようなサラリーマンに関して「もっと他の努力をしようよ」などと批判的に論じることに関しては、その資格はあるように思いますし傾聴に値するとも思うのですが、何も成功しておらず自分では大したお金も稼いでいない人が批判的に論じることに関しては、そんな資格は無いだろうと率直に思います。

ただ、日本には言論の自由がありますので、大学を辞めた「だけ」で何もしていない人が、大学で真面目に勉強し就職してサラリーマンとして働くという生き様を「つまらない人生」だと論じても、それは別に構わない訳ですが、それに対して大炎上という形で大きな反感が巻き起こるのは、社会として極めて正常な反応であるように改めて思いました。