kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「嫌々仕事をする」の反対は?

はじめに

親がもの凄くお金持ちで、自分の稼ぎは全く無くても一生食うには困らないとか、そういう特殊なケースは別ですが、普通は人間と言うのは大人になると自ら食っていく為にお金を稼がなければならず、その為に仕事をしなければなりません。

その稼ぎを基に国の為に納税するという側面ももちろん大切なことであるとは思いますが、まずは自分が食っていけないことには話にならない訳で、そういう意味で「食っていく為に稼ぐ」という部分が仕事の一番の目的であるように思いますし、大人であればきとんと自立して食っていけよという意味で大人に課せられた「義務」であると思っています。

どうせお金の為にやっているのだからと割り切って楽しみも感じず必要最小限の時間と労力で仕事をするという考えももちろんアリだと思いますが(価値観は人それぞれの為)、義務として毎日毎日やらなければならない行いであるからこそ、その仕事を好きで楽しく、もっと言えば「時間が経つのを忘れる」くらいに没頭して行えるほうが、幸せな人生なのではないか?と個人的にはそのように考えています。

「嫌々仕事をする」の反対は?

「嫌々仕事をする」の反対は何かと考えれば、「好きなことを仕事にする」と思いつく方が多いのかな、と想像するのですが、もちろんこれは大正解でありながら、実現が比較的難しいことでもあるように思います。

例えば音楽が好きだからと言って、プロのミュージシャンのように才能に恵まれ好きな音楽を作ったり演奏をしたりしながら食っていけるほど稼ぐことが出来る人は本当に稀な存在で、そこまでの才能は無いがやっぱり音楽が好きだからと音楽「業界」の何かの仕事に就いたとして、最終的に出来上がる「音楽」は確かに自分が好きな対象であるかも知れませんが、その途中の過程での「実務」が本人の仕事であるとした時に、その実務が本当に本人の好きなことなのか?と考えると、もちろんそうである場合もあると思いますが、そうでない場合も少なく無いのだろうと思っています。

音楽に限らず何でも同じなのですが、飛びぬけて才能があるような人ではない「普通の人」が、何か好きな対象を一点に(もしくは狭い範囲で)絞って狙い打ちにして「それを仕事にする」という状況を実現するのは、普通に考えると「簡単なことでは無い」ように思うのです。

仕事を「好きになる」ことも出来る

私はある設計の仕事をしていますが(サラリーマンを経て現在はフリーランス九年目)、その設計をしている対象は元々全く興味が無いものでした(新卒サラリーマンとして入社した時に希望と異なる配属となった為)。

しかしながら、希望と異なる配属となったその現実を目にして悲観的になったかと言えば、そんなことはありませんでした。

と言うのも、設計を希望して入社したのに例えば「営業」に配属されたとか、そういう事態であれば悲観的にもなるのでしょうが、「設計」という部分は変わりませんでしたので、その対象が何であっても自分が得意と思っている部分は普通に活かせるかも知れないと思えましたし、まずは頑張ってみようと思ったのです。

そして頑張れば頑張るほどに、技術力が身に付きその仕事の核心に近い部分の仕事を任されるようになりますし、そうなるほどに仕事を楽しいと感じるようになりました。

それと同時に、少し浅はかな考えかも知れませんが、周囲(社内の上司や顧客など)の評価が上がってくるとやっぱり「楽しい」と感じますし、その期待に応える為にもっと頑張ろうというようにモチベーションも上がってきました。

そんな感じで今では(実際に自分が手を動かしている)その分野に関しては知らないことはほとんど無いような「エキスパート」として周囲からは評価されているのですが(従ってフリーランスでも仕事には困らない)、繰り返しますがその分野は学生時代には興味も関心も全く無かった訳です。

更に言えば、元々学生時代から興味があり入社の際に配属を希望した分野のことも、全くの素人の人と比べれば相当に知識はあるのですが、その分野の設計の仕事と現在やっている仕事のどちらが面白いのかと言えば、今になっては圧倒的に「現在の仕事」だと思う訳です。すなわち学生時代に「これが自分に向いているかも」とか「こんな仕事が面白そうだ」みたいな印象と言うのは大した根拠が無い「思い込み」に過ぎなかったということなのだろうと思っています。

ただし一定の「適性」は関係すると思う

上でも少し述べましたが、私は自分自身の性格上、例えば「営業」の仕事が楽しく上手く出来るなんて思えませんし、他にも例えばライターのような文章を書く仕事なども無理だと思います。

逆に「設計」とかそれに類する仕事であれば、どのような業界のどんなジャンルのモノであっても一定の成果は出せたのではないかと(自惚れかも知れませんが)思っています。

そのような根本的な部分の「適性」は誰にでもあると思っていて、そういう部分は踏まえた上で「細かい部分は気にせず与えられた仕事を頑張ってみる」という態度で仕事に臨んできたことが良かったのだろうと今になっては思っています。

ただし好きで楽しいとは言っても仕事は「遊び」とは全くの別物

これは自己反省を込めて記す部分となります。

二十代の時は本当に相当な時間を仕事に費やしていた訳ですが、残業の大半はサービス残業でタダ働きであろうがあまり気にせず長時間働いていた訳ですが、何故にそのようにしていたのかと言えば仕事が好きで楽しく「没頭」している状態だったからだと思います。

しかしながら三十歳の頃に、パニック障害などで結構体調を崩しまして、それは誰がどう考えても「過労」(とそれに伴う不規則な生活)が原因と思われるものでした。

やっぱり好きで楽しいとは言っても「仕事」である訳ですから、「絶対に間違えられない」とか「納期は絶対だ」などのプレッシャーも相当に大きい訳ですし、同じ「没頭」と言っても趣味で遊びで没頭しているのとは質的に大きく異なる訳でして、当たり前ながら心身に対する負荷は大きいのだろうと思います。

幸いなことに、体調は改善しましたし、またそのような時期を経験しても仕事を嫌いになることはありませんでしたので、現在でももちろん一般的な人と比べると労働時間は長いと思いますし一人でやっているフリーランスなのでどうしても「無茶な働き方」になる時期も少なくないのですが、根本的な意識として上で述べたように「好きでやっているとは言っても遊びとは異なる負荷を負っている」ということは意識しながら、息抜きなども考慮するようにしています。

おわりに

以上、私が好きで楽しく仕事をしている点について記してみました。