kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「決められない政治」はある意味当たり前

総選挙の投票日が近づいてきました。

さて、標題に関してなのですが、嫌いな自民党が与党として弱ってきてなかなかモノを決められなくなれば「決められない政治」だと嗤い、逆に強くなってバンバンと法案を通せるようになると「強行採決」だの「独裁政治」だのと喚いているマスコミ(特にテレビと一部の新聞)には辟易する次第なのですが、まあ表現の自由でしょうから良いのでしょう。

私が政治に関する何かを考える際に最も慎重に考える事柄の一つに、「それを行う者が誰であっても、その制度を許容出来るか」という点があります。

例えば何か改革が行われて(分かりやすいのは一院制)、モノが決めやすい(その時の為政者の意志や価値観が反映されやすい)状態になったとして、その時の与党が自民党で首相が安倍総理なのか、例えば与党が(昔の)民主党で首相が鳩山由紀夫なのか、そのことと「制度」は別の話である訳ですから、その点は非常に注意深く考えないといけないなと思うのです。

制度の話だけでなく、例えば何か表現等の規制の話があったとして、その表現自体を自分が好きか嫌いかとは別に、そのような規制が行われること自体の是非を考える必要があると思う訳です。

例えば私はクルマが好きでバイクが好きでないからと言って、バイクに関して何かの規制がかかる際には「規制したほうが安全なんだから良いじゃん!」なんて賛成し、クルマに関して何かの規制がかかる際には「社会全体では安全かも知れないけど、オレは困る!」なんて反対するような姿勢は、非常に慎まれる行動であるように考えている訳です。

そのように考えると、自分が嫌いなものや少数意見の事柄であっても、「自分とは無関係」だからとそれが無くなったり肩身が狭くなるような規制等に関しては、結果的に賛成するのか反対するのかは別として、その結論に至るまでには相当慎重に考える必要があるのだろうと思っています。

そしてそのような考えだからか、「まずはリセットしてみよう」とか言っている政治家や政党のことを私は心底から不信に感じるのだと思います。

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ところで、私は一人でフリーランスで仕事をしているので、何でも勝手に自分で決められます。好きなことは始めれば良いし嫌ならやめれば良いです。

これが従業員が数名でも居れば、社長(事業主)の一存で何でも決めていたら従業員は大変です。従業員のことも考えながら進路を決めていく必要があることは言うまでもありません。

更に会社が大きくなり大企業になると、従業員の数も莫大で支社や部署も多数ありますので、従業員どうし、もしくは部署等どうしがその立場により利害が対立することが増えてきますので、何でもかんでも経営者の一存で決めてよい訳は無いし、ワンマン的に「社長の一存」で決める会社が必ずしも好ましいとは私は思いません。

それ(すなわち色んな利害関係者が混在しているコミュニティ)を更に大きくしたものが市町村などの自治体、更に大きくして都道府県の自治体、そして最後まで大きくしたものが「国家」です。大きくなるごとに誰かの一存でスピーディに物事が決められなくなっても当然だし、そもそもスピーディに決められることこそが絶対的な「善」とも思いません。

そのように考えると、例えば企業でワンマン的な辣腕経営者だったとか、もしくはどこかの自治体のトップとして何かを改革したとか、そういう人が居たとしてそのコミュニティでは「最善のこと」をやったのが事実だとしても、だからと言ってそういう人が国政に入ってきて「即断即決が最善だ」みたいな流れになることは必ずしも正しいことなのかな?と私なんかは思う訳です。

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と言う訳で、規模が大きな自治体とか、特に国政では「決められない政治」はある意味当たり前であると思っていて、もっと言えば「なかなか決められない」部分により一定の健全性が担保されているようにも思う訳です。

同じ民主主義でもその対極にあるのが、例えば何でも国民投票をやって「直接的な多数決」で全てを決めてしまう社会なのですが、例えば自分の嫌いな何かが直接的な多数決で否定され廃止されて喜んでいたら、暫くすれば自分の好きな何かが社会的には少数派であるが故に(そのようなものが誰でも一つや二つ、いやもっとある)直接的な多数決で否定されてしまうという、そういう世の中が私が考える最も嫌な社会です。

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最初の話に少し戻りますと、二枚舌的なバカみたいな報道(という名を借りたイデオロギー活動にしか私には思えない)をするテレビ局や新聞社であっても、それでも相当の法令違反でも無い限りはその活動が認められる多様性、寛容性こそが大切な社会の根幹なのだろうと思っています。

そんな訳で「決められない政治」に関して思うことを記してみました。