kazu-tの色々と思ったこと

1971年生まれの既婚の男でフリーランスです。色々と思ったことを記します。

「サラリーマンを辞める!」が「目標」で良いのか

「サラリーマンを辞める!」が「目標」で良いのか

よく「サラリーマンを辞める!」ことが「目標」になってしまっているような言説を目にするのですが、

確かに何か目的があって、サラリーマンを辞めて起業するなり、フリーランスになるなりすることを目標にすることは良いことだと思いますが、

とにかく「サラリーマンを辞める!」こと自体を一義的な目標にする、というスタンスには少し疑問を抱きますし、

何より他者に対してそれを「煽る」ような言説は、無責任な印象さえ受けることが多いです(記事の内容によりますが)。

不本意な現状との関係性

「今の会社での立場や仕事の内容は不本意だ」という不満を抱くことは誰にだって起こりうることだと思いますが、

それが現在勤めている会社を辞める動機となるのは当然だとしても「サラリーマンを辞める」という動機には必ずしもなりません。

何故ならサラリーマンという働き方は踏襲したまま、他の会社や他の業種に「転職」するという道だって有り得る為です。

すなわち、サラリーマンという働き方と決別し起業するなりフリーランスになることを目指すのならば、「現在の会社が嫌」とか「現在の仕事が嫌」とか、そういう次元とは異なる動機が、本来あって然るべきように思います。

仕事の持つ意味

仕事というのは自分が生きていく為のお金を稼ぐ行為であると同時に、自分の能力を活かして何かの付加価値を生み出し、そのことによって世の中が豊かになることに貢献するという側面が必ずあります。

平たく言えば、働く人が生み出した財なりサービスを受け取る消費者は、もちろん対価としてお金は支払う訳ですが、その財なりサービスが無ければ生きていくことが困難となったり、そこまでいかなくても苦痛であるとか楽しくないとか、困ることになるのでその財なりサービスを消費する訳で、

そのような「他者」が無ければ困ってしまう何かを生み出している行為が「仕事」である訳です。

働き方の意味

自分自身も生きていくためにお金を稼いだり生活をしながら、それらと両立しながら世の中を豊かにする為の何かを生み出す行為としての「仕事」をする為の「働き方」として、サラリーマンよりも起業するなりフリーランスになるなりしたほうがより効率的に何かを生み出せるのであれば、それは「目指すべき道」であるように思いますが、

仕事の種類や特性などから組織に属したサラリーマンであるほうが効率的にそのモノを生み出せる場合には、現状が不満なら転職は目指すにしても働き方としては「サラリーマン」のままのほうが良い場合だって当然ある訳で、

もし働く人に対して「偉い」「偉くない」の優劣をつけるのであればそれは生み出しているモノの質や効率性により判断されるのであって、

間違ってもその人自身の働き方がどうであるかなんて、それこそ消費者の側からすれば興味も関心も無いような「どーでも良いこと」である訳です。

そのような意味で、働く人のその働き方がサラリーマンなのか社長なのかフリーランスなのか、そのこととその人が優秀であるかどうかは基本的には無関係であると思っています。

フリーになる覚悟

たまに自らフリーランスになっているにも関わらず「確定申告がダルい」とか言っている人を見かけるのですが、率直に言って「アホなんかな」と思います。

サラリーマンであればそのような雑務はゼロではありませんが非常に少ない訳で、フリーランスになれば全てを自分で行うか、もしくはしっかり稼いでそのお金の一部を支払って誰かを雇ったりどこかに委託して処理するしかありません。

それらの全ての責任を自ら引き受ける覚悟でフリーランスを始めたのなら、「確定申告がダルい」なんてセリフは発し得ないのではないか?と個人的にはそのように思う次第です。

おわりに

私はフリーランスになり現在九年目で、所得もずっと平均的なサラリーマンより多く稼ぐことが出来ていますが、それでも「誰にでもオススメするか」と言えば、決してそんなことはありません。

仕事を失ってはダメという部分での責任の重さや、年金など将来的なことを全て自分で考えたりとか、所得が多く稼げても累進課税なので比例して手取りは増えませんし、なおかつ例えば乳幼児医療制度のような公的サービスも所得制限で受けられなかったり、それだったらそこそこの所得のサラリーマンを続けて退職金(一般的な額の範囲なら非課税かそれに近い)で差額を受け取ったほうが得じゃないかとか、他にも色んな観点から思うことが多々あって、「とにかくサラリーマンを辞めたらばら色」みたいな無責任なことは間違っても言えない訳です。

ただ、私自身の性格や特性からするとサラリーマンとして一生生きていくのは極めて困難であったのだろうと自分でも思いますので、そのような特性の人間であっても、仕事に対するスキルと責任感さえあれば、野垂れ死にせずに生きていく為の道があるのだという意味で、フリーランスなど「サラリーマン以外の道」という選択肢があること自体は、非常に有り難いことだと常々感じています。